老人たちの暇つぶし『木曜殺人クラブ』リチャード・オスマン


この年にもなると、大した娯楽もない。人と会うでもない孤独な老人の唯一の楽しみといえば、ただ、好きなミステリを読むことだけだ。

 

『木曜殺人クラブ』という大層物騒なタイトルの小説は、イギリスでは高い人気を誇っているのだという。タイトルに心惹かれて手に取った。

 

高齢者専用の高級住宅地。そこでは暇を持て余した高齢者たちが顔を突き合わせて何かしら談笑している。

 

推理好きの彼らは、未解決の殺人事件の真相を推理する、という遊びを始めた。こうして発足したのが「木曜殺人クラブ」である。

 

ある時、その住宅地の管理人であるイアンが命を落とした無残な姿で発見された。現実に身近で起きた殺人事件に、「木曜殺人クラブ」のメンバーは色めき立ち、事件を解き明かすべく行動を始める。

 

経歴が明らかになっていないエリザベス、元看護婦のジョイス、元労働組合指導者のロン、そして精神科医のイブラヒム。

 

自分たちすらも容疑者のひとり。そんな状況すら楽しむ彼らの前に、明らかになる真相とは果たして。警察泣かせの老人たちの暇つぶしの行く末は。

 

自分と同じ老人が活躍するというその作品は、なかなかにおもしろかった。ミステリに特有の暗い雰囲気もあまりない。

 

殺人事件そのものを娯楽として楽しむ、というのは、日本ならばモラルがないと嫌われる考え方だろうか。そもそも、彼らが暇つぶしとしている未解決事件のファイルも、元警察のメンバーが持ち出したものだ。

 

そう考えれば、「木曜殺人クラブ」という存在そのものが、どこか皮肉げで、言うなればイギリスらしいユーモアともいえるかもしれない。

 

昔の私ならば、受け入れられない作品だったかもしれない。だが、自らも彼らと同じ老人になったからこそ、作中の彼らが羨ましいとすら思う。ともに話し、不謹慎なことで笑い合える友がいるのだから。

 

この年にもなれば、もはや若い頃に大切にしていたものすらも無意味に思えてくるものだ。善悪も、金も、地位も、何もかも。

 

かつては老いていく自分が嫌で仕方がなかった。しかし、こだわりがなくなった今になってようやく、私は何も恐れるものもなく、自由になったように感じていた。となれば、老いるのもまた、悪くない。

 

平穏に余生を終えたい老人もまたいるだろうが、私はむしろ逆だった。老い先短いからこそ、何か事件が起こればよいと日々願っている。ミステリを読み耽るのも、その願いゆえに、かもしれない。

 

事件が起こるならば物騒な方がよい。私がその被害者ならば大歓迎だ。だが、どうせならその顛末を楽しみたい。探偵役が担えるのなら、もはや私に思い残すことはないだろう。

 

若い頃、戦争を憎んだ。だが今は、平和をこそ憎む。退屈は拷問にも等しい、終わらない悪夢だ。私たちはミステリを楽しむのと同じように、内心では、平和が乱れ、何かの事件が起こることを願っているのかもしれない。

 

 

秘密の会合

 

さて、まずはエリザベスのことから始めましょうか? あとは話の流れ次第ってことで。

 

もちろん、わたしは彼女のことを知っていた。そもそも、ここの住人は一人残らずエリザベスを知っているはずだ。

 

二、三か月前、わたしはランチをとっていた。お食事中なのは承知しているんだけど、差支えなかったらナイフの刺し傷について訊いてもいいかしら、とエリザベスが話しかけてきた。

 

わたしは「あら、かまわないわよ、どうぞ」と、まあ、そんなふうに応じた。

 

若い女性がナイフで刺されているところを想像して、とエリザベスは言った。どういうナイフで刺されたの、とわたしは質問した。たぶんありふれたキッチンナイフね、とエリザベスは答えた。

 

「それから、その女性が三、四回、胸骨のすぐ下を刺されたところを想像してみてほしいの。すごく残酷だけど動脈は切断されなかったわ」

 

わたしが刺し傷を思い浮かべていると、その女性が失血死するまでにどのぐらい時間がかかるか、と質問された。

 

ところで、わたしが長年看護師をしていたことを最初に言っておくべきだったわね。でないと、こういうやりとりが突飛すぎるように感じられるだろう。

 

手当をされなければ四十五分ぐらいかしら、とわたしは推測した。「まあ、さすがね、ジョイス」彼女は言うと、さらに質問してきた。女性が医療的な助けを受けたらどう?

 

これまでわたしはさんざん刺し傷を見てきた。おかげで、じゃあ、その女性は死なないでしょうね、と答えられた。

 

ささやかながらエリザベスの役に立ててうれしかった。だから、ひとつお願いをしてみることにした。死体の写真を見せてもらうわけにはいかないかしら、と頼んだのだ。純粋に職業的な関心から。

 

エリザベスはA4のコピーを取り出すと、これはあげるわ、と言ってくれた。ご親切にありがとうと言うと、彼女はどういたしまして、と答えたが、最後にひとつ質問してもいいかしら、と言い出した。

 

「もちろん」

 

するとエリザベスはたずねた。「木曜日は空いている?」

 

そして、まさかと思うかもしれないけど、そのとき初めてわたしは〈木曜殺人クラブ〉のことを聞いたのだった。

 

 

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