あなた……ホラーはお好き……? そう、でしたら、こちらの本は、あなたのお気に召して頂けると思いますよ……。
倉橋由美子様という作家先生の作品……『聖少女』を初めて読んだ時は、思わず心を奪われました。夢中になって読み耽り、周りの世界が、なくなってしまうほどに……。
そこはかとなく不気味で……それでいて美しく……色気に満ちていて……当時の私にとってその物語は、大人の世界を覗き見たような……そんな背徳感と快楽に満ちたものでした……。
その作品を生み出した方……倉橋由美子様がホラー小説の短編を集めた「怪奇掌編」という本がございます。この度、あなたに見せますのは、こちらの本でして……。
「怪奇掌編」というからにはホラーですね。少し不気味で、妖しい雰囲気の掌編がいくつか……その本には描かれております……。
私が中でも気に入っているのは……「ヴァンピールの会」という作品ですね……。ええ、まあ……タイトルからもおおよその想像はできましょうけれど……。
何より私が心惹かれたのは、やはりその雰囲気でございます……。海の見える洒落たレストラン……その中に集い談笑する美しいマダムや紳士たち……。
彼らの飲んでいるワインは、いったいどのような代物か……。タイトルから予想してしまっているからこそ、マダムたちの悪戯げに誤魔化すような、どこか思わせぶりな態度が、より不気味に見えてくる……。
けれど、やはりそこは美しいのです。読みながらに、私の目の前に美しい夜会の情景が浮かんでくるかのような……。
「怪奇掌編」と聞きますと、一見さも恐ろしいような雰囲気がしますけれど、わっと驚かせてくるような、そんな怖がらせではないのです。
じわじわと、身に染み入ってくるかのような、静かな恐怖……。背筋に冷たい汗が伝うかのような、不気味さ……。色気すら醸してみせるその美しいグロテスク……。そしてどこかシュールで皮肉の満ちた諧謔的なユーモア……。
それは、私が『聖少女』の中に垣間見た、あの妖しさに溢れた世界そのもの……。細い指先で丁寧に紡がれた絹織物のような、繊細で美しい、世界……。
その本には、他にも、女性が美しい男性の首を拾い、育てていく「アポロンの首」や、お風呂で肉が溶け出して骨だけの姿になってしまった少年を描く「事故」など……どこかユーモラスで不気味な珠玉の短編がいくつも……。
……ええ……おっしゃっている意味も、わかりますよ。あなたが見たいのは、言うなれば『リング』や『呪怨』のような、迫るような恐怖と突然現れる怪奇の恐ろしさ、だと……。
私もかつては、そのようなものをホラーだと思っておりました……。ですが、そう限ったものでもないのです……。
細指で背筋を撫でるような、静かな恐怖は……後に残る。ホラー映画の一瞬の悲鳴と恐怖よりもずっと、長く……心を毒していくのです……。
まあ、ほら……あなたも一度……読んでみたら、わかりますよ……。好き嫌いなさらず……。そうすれば、ほら、きっと忘れられない一冊になりますから……。
美しくて不気味な短編集
木原氏の経営するレストランは湘南の海を見下ろす高台にある。本人に言わせると、例えば南仏のムーラン・ド・ムージャンあたりに引けを取らない料理を出そうというのである。
日本に帰ってからの木原氏は、年相応の銀髪を除けば万事に若返ったようだった。木原氏は歌の中のレストランがひどく気に入って、自分の店にもガラス張りの壁面を広く取った部屋を建て直した。
その部屋が気に入ったという客が、増えて、その中には一度そこを借り切ってパーティを催す十人足らずのグループもあった。
この会には「いい女」が揃っている。ただ、妙に興味をそそられるのは、その「いい女」ということのほかに、微量の有毒成分とでもいうか、どこか得体の知れないところが残るせいであった。
言動が芝居がかったところもある。秘密を共有している一味が外の人間に対して結束して芝居を演じているような気配もある。この客に少なからぬ興味を抱いていることではボーイの佐田君も木原氏に劣らなかった。
「大変な金持ちらしいですよ。今日も運転手付きのベンツなど三台で来ています」
「そうかね。しかしベンツなら私程度の人間でも持っている。ところで今日のワインは何だい」木原氏は「本日の真の主賓」であるワインに興味を抱いた。
「さあ、何ですか、今日も見た事がないやつで」と佐田君は自信なげに答えた。「いつものように赤は赤ですが。ラベルに変わった絵が描いてあります」
「ロートシルトあたりかな」
「蝙蝠みたいな絵ですよ」木原氏もそれだけでは見当がつかない。
パーティがある度に大概は挨拶に顔を出しているが、「本日の主賓」が登場している場面にはまだ行き会わせたことがないのである。
一度だけデザートの時に出ていって、空になったそれらしい瓶を見た事がある。CHATEAUのあとにVAMP……という字が見えたような気がする。
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父と娘。姉と弟。本来禁じられているはずの恋が、どうしてそんなにも美しいのか。記憶を失った少女、未紀のノートに記された、彼女の愛の記録とは。
禁じられた恋を嫌う貴方様におすすめの作品でございます。
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