ああ、四次元ポケットが欲しいなあ。私は思わずテレビの中で動いている青い猫型ロボットを眺めながら呟いた。
私は幼い頃から藤子・F・不二雄先生の『ドラえもん』が大好きだった。放送時間にはいつも録画の用意をしてからテレビの前に座り込んでいたほどだ。
ドラえもんが四次元ポケットから出してくれる未来の便利な道具は、いつも私をわくわくさせてくれていた。彼のポケットの中にはたくさんの夢が詰まっている。
どこでもドア、タケコプター、タイムマシン、とりよせバッグ、あんきパン、ほんやくコンニャク、桃太郎印のきびだんご、もしもボックス。
もしもドラえもんが自分のところに来てくれたら、と考えた人も多いだろう。もちろん、私も幼い頃はよくそんなことを妄想しながらにやにやしていたものだ。
そんなドラえもんが、どうして私ではなくのび太のところへ来てしまったのだろう。そんなことを考えたことすらあった。
のび太はドラえもんの所有者であるセワシの遠い先祖である。セワシは一族で一番出来損ないだったのび太を立派にするためにドラえもんを送り込んだのだ。
成績はクラスでも最下位。スポーツも全然ダメ。いじめっ子のジャイアンとスネ夫にいじめられて泣いてばかりいる少年。
いかにも絵に描いたような出来損ないではないか。そのくせ、ドラえもんの道具に頼って、欲をかいた挙句にすぐに失敗する。
自分ならばもっと上手く使えただろうに。幼い頃の私はそんなことを思ってはため息を吐いていた。
せっかくの「ドラえもんがいる」というチャンスを満足にものにすることができず、結局、彼はダメなままで何も変わっていない。
『ドラえもん』の短編はいつものび太がドラえもんに泣きついて、ひみつ道具を借りるも上手く使えず、結局最後は痛い目を見るという流れになっている。
彼のかっこわるい姿を見て、いつも笑っていたものだ。バカだよなぁ、のび太君は、と。
しかし、今の自分は彼よりもはるかにひどい。私はもう、彼を笑えなくなってしまった。
いつまで経っても働くことができない。家にこもって、ネットに興じるただの出来損ない。それが今の私だ。
ああ、私にもドラえもんが来てくれないだろうか。私は自分の虚しい現実を嘆いて天を仰いだ。
「だったら、いいものがあるよ」
その声に、私は飛び上がらんばかりに驚いた。テレビでよく聞いていた、耳に馴染む声だった。あの独特の音が頭の中で流れる。
彼がポケットから取り出したもの。それは一冊の本だった。『「のび太」という生きかた』と書かれている。
私は大きな瞳に急かされるように、その本のページをめくった。
ひみつ道具というフィクション
のび太という人間そのものに注目したことは今までなかった。『ドラえもん』という物語は、魅力的な未来の道具とそれを出してくれるドラえもんがキモとなっている。
しかし、『「のび太」という生きかた』に書かれているように『ドラえもん』という作品を眺めていると、実はのび太こそが作品のテーマなのだと思わされた。
スキルのうえでは出来損ないとして扱われることが多いのび太だが、彼は大長編ではリーダーとして活躍する。
そのシーンを思い返してみれば、彼は積極的に意見を出し、そしてジャイアンやドラえもんにも意見を求め、全員の意見を聞いて折衷する能力に長けている。
つまり、彼はリーダーとしての適性を持っていることがわかるだろう。勉強や運動で測れないところにある彼の資質は、非常に有能である。
また、ひみつ道具の従来の使用用途を超える発想力にも優れている。彼はそのせいで多くの失敗をしているが、新しいことをしようとすれば失敗するものだろう。
むしろ、彼の真価は失敗をしても挫けないところにあるだろう。発想をすぐに実行に移す高い行動力とメンタルは見習いたいところである。
そんな彼の最大の魅力は、本にも書かれている通り、自分よりも他人を慮る底のない優しさであろう。
ジャイアンやスネ夫が彼をいじめるのは彼らの根底にあるのび太への信頼感からきている。だからこそ、彼らはいざという時はのび太を助けるために力を尽くす。
そして、しずちゃんもまた、彼のだらしないところを知りつつも、その優しさに惹かれている。それが彼らの将来を作ることになるのだ。
のび太としずちゃんの未来を含む名作エピソードを描いた『STAND BY ME ドラえもん』には、誰もが涙させられただろう。
結婚の時にしずちゃんの父親は言うのだ。
「あの青年は他人の幸せを喜び、他人の不幸を悲しむことができる」
その利他的な精神が、彼の成功と他人からの信頼を与えてくれているのだ。勉強も運動もダメな彼の魅力は、もっと人間的なところにある。
どうして自分ではなくのび太のところにドラえもんが来たのだろう。そんなことを思っていてはだめなのだ。
誰よりも優しいのび太だからこそ、ドラえもんが来たのだ。彼の使い方次第では危険なひみつ道具も、のび太は決して悪用しようとはしない。
のび太はひみつ道具を使っても、結局上手くいかずに失敗する。藤子・F・不二雄先生が本当に伝えたかったのはそこにあるのではないだろうか。
ひみつ道具は存在しない、フィクションだ。しかし、ひみつ道具に触発されて自分の力で頑張ろうとするのび太の努力は私でもできるだろう。
成功したいなら、ひみつ道具のような空想をいつまでも待っていてはだめだ。のび太のように、自分から努力して掴み取っていかないといけないのだ。
それこそが君が伝えたかったメッセージじゃないのか。私は引き出しの中に問いかけた。
現実には存在しない青い猫型ロボットからの返事はない。きっと、もう、未来へと旅立ってしまったのだろう。
人生を成功に導くのび太メソッド
のび太は、勉強はクラスでずっと最下位で、スポーツも大の苦手な冴えない男の子。他の子どもたちからもいじめられてばかり。叱られるのはもはや日常茶飯事です。
そんな、何もかもうまくいっていない印象の「のび太」は、実は想像以上に人生を上手に歩んでいるのではないでしょうか。
冒険では、彼は友達から信頼され、時には集団の中心人物としてリーダーシップを発揮することもあります。
勉強や運動が苦手でも、集団のかけがえのない一員として認められており、見放されることは一度もありません。
さらに、念願叶って、しずちゃんを生涯のパートナーとして射止めています。
のび太の人生は一見して失敗の連続ですが、重要な節目においては着実に夢を叶え、負け犬から勝ち組に変身しているのです。
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