老婆に変えられた少女と臆病者の魔法使い『魔法使いハウルと火の悪魔』ダイアナ・ウィン・ジョーンズ


 ある日、突然お婆ちゃんになってしまったら、どんな気持ちになるんだろう。『魔法使いハウルと火の悪魔』を読んだ後、私が思ったのはそんなことだった。

 

 

 どうしてその本を手に取ったのか、私自身にもよくわからない。ただ、その本を見た瞬間、頭がぼんやりと霧がかったようになって、気が付いたら、ページを開いていた。

 

 

 まるで魔法にかかったみたい。なんて思う暇なんてない。だって、すぐに物語に入り込んでしまったんだもの。

 

 

 スタジオジブリの『ハウルの動く城』は大好きだった。『魔法使いハウルと火の悪魔』はその原作だったけれど、読み始めて私は首を傾げた。

 

 

 あれ、こんな話だったっけ。随分と映画とは趣が違う。後半には、もう、まるで別物といってもいいかもしれない。

 

 

 だけど、おもしろかった。映画とはまた違った楽しさがある。これはこれで、私は好きだ。

 

 

 三姉妹の長女であるソフィーは、「長女は幸せになれない」という迷信に囚われて、しっかり者だけどネガティブな女性。

 

 

 ある時、ひとり帽子屋の店番をひとりでしていた彼女は、店を訪れた荒地の魔女に呪いをかけられて、老婆の姿に変わってしまう。

 

 

 老婆の姿になったソフィーは家を出ていくことを決意する。そして、彼女が転がり込んだのは、若い娘の心臓を食べると言われている魔法使い、ハウルの城だった。

 

 

 彼女はそこで火の悪魔カルシファーと出会う。彼はソフィーに、ひとつの取引を持ち掛けた。

 

 

「おいらを暖炉に縛っている契約を反故にしてくれたら、こっちもあんたの呪いを解いてやるよ」

 

 

彼との取引のため、ソフィーは掃除婦として城の住人のひとりとなった。しかし、次第にその城の進む未来は、邪悪な魔法の暗雲が立ち込めていく。

 

 

 読んでいくにつれて、私の心臓が激しく叫んでいた。楽しいから? 興奮しているから? でも、何か違う気がする。

 

 

 恐怖だろうか。もっともドキッとしたのは、ソフィーが魔女に変えられた瞬間だった。

 

 

 年を取るなんて、想像もしたくない。私はいつまでも若々しい女子高生のままでいたかった。だからこそ、彼女と重ねてしまったのだろう。

 

 

 ソフィーは老婆になったことを前向きに考えていた。今の方がお似合い、だなんて。私には、そんなことはできないし。

 

 

「そう、だから私はここにいるのね」

 

 

 突然、響いた声に、私は思わずびくっと肩を跳びはねさせて、辺りを見回す。嗄れている、まるで老人のような声。でも、どこにも老人はいない。

 

 

 ふと、立てかけてある姿見に、自分自身の姿が映る。私は愕然とした。鏡の中に写っていたのは、腰の曲がった老婆だった。

 

 

 私は目を見開く。恐怖じゃない。なんだか懐かしい感じ。私は彼女を見たことがある。どこか遠い、けれど、近い記憶の中で。

 

 

「いい加減起きなよ。わたしらを、みんなが待ってる」

 

 

「いや。いやよ。私はまだ、若いままでいたいの」

 

 

「荒地の魔女のように、かい?」

 

 

 私は思わず押し黙った。老婆はクックッと笑って、手を差し伸べてきた。鏡の中にあるその手を私は、恐る恐る掴み取る。

 

 

 目を開くと、白い天井だった。いつの間にか、ふかふかのベッドに寝ていた。何か、夢を見ていた気がする。でも、何も思い出せなかった。

 

 

 老女が身体を起こす。彼女の枕元には、『魔法使いハウルと火の悪魔』が置かれていた。

 

 

ハウルの動く城

 

 インガリーの国には、昔話でおなじみの七リーグ靴や姿隠しのマントが本当にありました。

 

 

 そんな国で、三人姉妹の一番上に生まれるとは、なんてついていないんでしょう! 長男や長女が真っ先に、それも手ひどく失敗することぐらい。誰だって知っていたからです。

 

 

 ソフィー・ハッタ―は三人姉妹の長女でした。両親は裕福で、〈がやがや町〉というにぎやかな町で女の人向けの帽子専門店を営んでいました。

 

 

 さて、この頃巷では再び『荒地の魔女』の噂が聞かれるようになっていました。なんでも王様が王室付き魔法使いサリマンに魔女の始末をお命じになったのですが、返り討ちにされたそうです。

 

 

 そんなわけですから、それから数か月後に丘陵地帯に突然背の高い黒い城が現れ、四つの高い尖塔から黒煙をもくもくと吹き上げた時、人々は恐怖しました。

 

 

 やがて、城の持ち主は魔女ではなく、魔法使いハウルだということがわかってきました。ところがまもなく、三人ともそれどころではなくなりました。

 

 

 というのも、ハッタ―氏が亡くなったのです。彼は多額の借金を残していました。

 

 

 三人は学校をやめることになり、次女のレティーはパン屋への奉公へ、三女のマーサは魔女のフェアファックス夫人に弟子入り、そしてソフィーは帽子屋に残ることになりました。

 

 

 とはいえソフィーはほとんど帽子を売りませんでした。帽子の仕上げをするようにと言われたからです。

 

 

 ソフィーは週を追うごとに、帽子に話しかけるようになりました。他に話す相手がいなかったのです。

 

 

 次の朝、一人で店番をしていると、車輪の音と馬の蹄の音がして、馬車が店の窓を塞ぐように停まりました。

 

 

「ハッタ―さんね? あなた、とても素敵な帽子を売ってるそうね。見せてちょうだい」

 

 

 ソフィーは黙って帽子を取りに行きました。しゃれた白黒の帽子を出すと、客は軽蔑も露わにその帽子を見やりました。

 

 

「荒地の魔女に張り合おうとする者がいたら、放っておかないのがあたくしの方針。お前が張り合おうとしても、あたくしは平気。やめさせてやる、ほら」

 

 

 客はソフィーの顔に向けて手をぱっと動かしました。「これで他人の領分に手出しするとどうなるか、骨身に応えるでしょうよ」魔女はさっと身を翻し、店の戸口へ向かいました。

 

 

 ソフィーは顔に両手を当てました。ふにゃふにゃのなめし革に皴が寄ったような手触りがします。はっとして手を見ると、皴だらけで、ごつごつと節くれだっていました。

 

 

 鏡の中の顔はいたって冷静でした。褐色の痩せて萎びた老女の顔を、少ない白髪が取り囲んでいます。

 

 

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