桜の花が舞う季節、私はこれから通うことになる学校の校門をくぐった。緊張と、それ以上の未来への高揚が私の胸を躍らせていた。
咲き乱れる巨大な桜の木に思わず見惚れてほうと感嘆の息を吐く。そんなことをしていたからだろう。肩にぽんと手を置かれた時、飛び上がらんばかりに驚いた。
そこにいたのは今まで見たことがないほどかっこいい男の子だった。金髪で、切れ長の瞳が優しげに目尻を落としている。
「これ、落としたよ」
顔に見惚れていた私は、思わず呆然としてしまったけれど、彼が差し出してきたハンカチを見て我に返った。桃色の地に黄色の刺繍が刻まれたそれは紛れもなく私のだった。
私は慌ててポケットを探る。入れたはずのハンカチがなかった。どうやら、どこかでハンカチを落として、それを彼が拾ってくれたらしい。
「あ、えっと、すみません、私のみたいです。ありがとうございます」
「いえいえ」
私がお礼を言ってハンカチを受け取ると、彼はにこりと微笑んだ。そのきれいな笑みが自分に向けられていると意識してしまい、思わず頬に熱が灯る。
「君、新入生? ここの学校、慣れないうちは広くて大変だよね。よかったら、おれが案内しようか?」
その瞬間、私の頭の中に選択肢が浮かんだ気がした。彼の提案を受けて案内してもらうか、それとも断るか。
「あ、えっと、すみません、大丈夫ですので」
「遠慮することはないよ」
「いえ、本当に結構です」
彼の提案を頑なに拒否すると、彼は苦笑しながらそこまで言うならと引き下がった。彼の中で私の好感度が落ちる音がする。
私はその音を内心でガッツポーズをしながら聞いていた。
折っても折っても立ち上がるフラグ
私は乙女ゲームを淡々とプレイしながら、ちっと舌打ちを零した。寝不足の視界にディスプレイの中のイケメンが滲んで映る。
私はかたわらに置かれた何枚ものメモを見ながら、次の選択肢を見る。どこをどう行けばどのルートに行くのか、それがすべて書かれていた。
会話は全部スキップ。選択肢の時だけコントローラーを握る指をわずかに動かしてボタンを押す。
もはや心をときめかせて見つめていたイケメンの顔すらも見ていない。スチル回収の作業はそんな暇なんてないのだ。
私が苦心しているのは最後に残ったエンディングを回収する作業だ。
何が大変なのかというと、誰のルートにも入らず、すべてのフラグを回避しないといけないのだ。
今までは必死に入ろうとしていたルートを、今度は入らないように動くのは簡単だと思っていた。
しかし、ルートに入って誰かと恋愛をするのが乙女ゲーム。ルートに入らないというのがどんなに大変か、私は身に染みて知ったのである。
フラグはそこらじゅうに罠のように散りばめられている。そこを踏んでしまえば瞬く間に誰かのルートに入る。
選択肢を一から十までメモしてルートを把握しようとすると、ランダムイベントで全部が台無しになる。
もうすでに乙女ゲームを楽しむという段階はとっくに過ぎていた。私は修羅の道へと足を踏み出していたのだ。それは苦痛を伴う果てのない作業である。
私は目の前に差し出されたフラグをまた一つ、叩き折る。彼の悲しげな顔にもすでに心は痛まない。
私は寝不足の頬をぱちんと張って眠気を覚ました。さあ、次だ。私はメモ帳を手に今日も乙女ゲームを闊歩する。
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