人間を裏切って国をつくる『勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。』玖洞


「我らが世界を支配する日も近いな」

 

 

「もちろんでございます、我が君」

 

 

 私は玉座に腰かける我が君の足元に平伏した。今日も変わらず威厳のあるお姿。やはり、この方こそが上に立つべき王である。

 

 

「しかし、吾輩にはひとつの懸念があるのだ。それが吾輩の心を悩ませている」

 

 

「なんと! 我が君の心を悩ませるとは。どうかこの私めにお話しくださいませ」

 

 

 私が必死に訴えると、我が君は聞いてくれるかと答えた。もちろんでございます。我が君の悩みは私の悩みも同然。我が君の心を平穏に保つためならば、どんなことでもいたしましょう。

 

 

「吾輩は模範となる魔王となれるよう尽力してきた。しかし、吾輩は勇者を敵として意識するあまり、自国の民のことを蔑ろにしてきたのではないかと感じるのだ」

 

 

 悲しげに言う我が君に、私は心を動かされた。これほどまでに自国の民のことを考えた魔王がかつていただろうか。我が君のあまりの慈悲深さに、私は感涙した。

 

 

「どうした? なぜ泣いている」

 

 

「……失礼いたしました。我が君に仕えられることの幸せを噛み締めておりました」

 

 

 やはり、このお方こそ賢君の器をお持ちでおられる。我が君のためならば、私はいかなることでも実行してみせよう。そう心に決めた。

 

 

「我が君、こちらをお納めください」

 

 

 私は懐から一冊の本を取り出した。『勇者から王妃にクラスチェンジしましたが、なんか思ってたのと違うので魔王に転職しようと思います。』という作品である

 

 

「これは?」

 

 

「魔王となった少女が自分の望む国を建国していく物語でございます」

 

 

 必ずや、我が君の統治の参考になるかと。私が言うと、我が君はふむと呟いて本を懐に入れた。

 

 

「いいだろう。では、この書物を参考に統治を始めることとする」

 

 

 もう下がってよい。我が君の命に、私は頭を垂れて応えた。

 

 

最強の魔王による威圧外交

 

 信頼している参謀から渡された本を読んで、吾輩は顎に手を当てて思案した。日々こうして国のことを考えるのは、もはや吾輩の習慣であった。

 

 

 物語における魔王は悪の象徴として描かれる。しかし、それは魔王を他国の視点から見ているからだ。

 

 

 私が気になったのは、他国からは明確な敵として恐れられている魔王が、率いている魔物から離反されることが少ないという点だ。

 

 

 むしろ、魔王という存在に完全の忠誠を誓っているという部下も多く描かれている。

 

 

 吾輩はその光景を見て、ひとつの結論を得た。魔王とは、実はかつてないほどの賢君なのではないか、と。

 

 

 いつの世も王にとっての何よりの脅威は自国の民から向けられる刃である。革命こそが彼らの恐れの根源であった。

 

 

 完璧な施政は存在しない。ゆえに、民には不満が生じる。その不満が不忠へとつながり、革命の種となる。

 

 

 しかし、魔物は魔王に絶対服従を誓っている。これはすなわち、魔王は完璧な内政を行っている、ということに他ならない。

 

 

 これだけならば、魔王はただの賢君である。しかし、ならばなぜ魔王はいつも勇者によって滅ぼされてしまうのか。

 

 

 その理由は魔王の内政上手に反比例するように、魔王は致命的な外交下手であるからだ。

 

 

 他国から敵視されているということはつまり、魔王の国は完全に孤立しており、かつ常に他国からの攻撃を受ける危険性があるということだ。

 

 

 貿易なども望めるはずもなく、魔王の国は経済的困窮によって消耗していく。その末にある彼らの取れる手段は、ひとつしかない。

 

 

 すなわち、魔王として認定されたその時からすでに、魔王は力による圧力外交を強いられている。

 

 

 吾輩は途方に暮れた。この玉座にかかる魔王という称号が、吾輩の前に壁となって立ちはだかる。

 

 

 吾輩は今まで良き魔王としていかに統治するかを考えてきた。しかし、ここにきてそれは新たな方向に困窮を見せる。

 

 

 吾輩は自己の研鑽ではなく、自国の統治でもない。より広く、他国へと視点を向ける必要があったのだ。

 

 

最強の元勇者が人類を裏切って自分の国を建国するファンタジー

 

 二年前、私はこの世界に『魔王』を倒す『勇者』として召喚され、わけもわからぬまま『勇者アンリ』として戦いの日々を強要された。

 

 

 それから一年足らず、私は魔王と取り巻きの魔物たちを倒し、晴れて世界は平和になった。しかし、問題はその後である。

 

 

 私はとある国の王子の妻になったが、それは愛も何もない政略結婚であり、飼い殺しのような生活が続くことになった。

 

 

 夫の顔を忘れるほどに交流はなく、やることのない日々。お飾りの王妃生活は一年続いた。

 

 

 二年の間、そうした生活で我慢をしていたわけだが、ふと気がついた。なぜ私がこんなに我慢をしなければならないのか、と。

 

 

 魔王を倒した私に敵はいない。そして、私を召喚した女神に扱いのひどさを訴えて助力をもらい、私は王城から逃亡し、旧魔王領へと踏み込んだ。

 

 

 一方、勇者アンリの夫であったレーヴェンの王――ローランド・ヴィ・レーヴェンは失踪した王妃を捜索していた。

 

 

 魔王を倒すほどの力を持った彼女を野放しにしたと知られれば、他国からの批判は避けられない。

 

 

 なんとしても、他国に知られる前に彼女を見つけ出す必要があった。しかし、思わぬ事態に晒されることとなる。

 

 

 慌てた兵士からの呼び出しに応じて中庭に出ると、上空にかつての王妃であるアンリの顔が映し出されていたのだ。

 

 

 その映像は大陸全土に展開されていた。それはもう、彼の手に抑えられるものではなかった。

 

 

 呆気に取られる中、アンリは宣言する。

 

 

 「私ことアンリは、ただいまをもって旧魔王領を制圧、およびその地に王国の建国、そして――二代目魔王の就任をここに宣言します」

 

 

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