私は真面目な人間だった。言われたことを寸分違わずその通りに、完璧にこなさなければならないと考えていた、杓子定規な人間だった。
小学生の頃のことだ。友人たちが『危ないから行かないように』と先生から言われていた廃墟に忍び込もうとしていた。
私は彼らを止めたが、彼らは私を臆病だと罵り、『嫌なら帰れよ』と言ってきた。だから、私は彼らを置いて家に帰った。そんなことがあったのだ。
それ以降、私と彼らは距離を置くようになっていった。彼らに遊びに誘われることはなくなり、私もまた、先生に怒られるようなことをした彼らを軽蔑していたからだ。
あの後、彼らは近隣の住民に見つかってこってり怒られたらしい。教師にも怒られ、泣きながら反省文を書かされていた。彼らは平然と帰宅する私を睨みつけた。
彼らとの間に生じた確執は、その後に至るまで私の人生に関わるようになった。
中学生になって、彼らの多くは別の学校に行ったが、彼らの中でも一人だけ。リーダー格の男だけが、私と同じ学校に通うことになった。
彼は教師の言うことを聞かない問題児であった。小学生の頃から反骨精神に溢れた男で、禁止されていることを好んでやりたがるような性格だった。
中学生になっても彼のその気質は変わらなかったらしい。いや、むしろ悪化したと言えるだろう。彼は教師からは不良として扱われていた。
しかし、一方で彼はクラスメイトからは慕われていた。いつだってクラスの中心で笑っていた。
彼は教師や規律には反発するが、決して暴力的な性格ではなかった。むしろ、女性にも優しく、会話が上手い彼は男女問わず人気があった。
一方で、彼との確執を持つ私は自然とそのクラスの輪からは外れるようになり、ひとりでいることが多くなっていた。
クラス委員として、そして彼と同じ学校出身ということで教師から頼まれていた私はしばしば彼に苦言を呈していたが、周りのクラスメイトも渋い顔をしていたように思える。
わざわざ先生に反発しては授業を止める彼を、私は憎らしく思っていた。と、同時に、頭が悪いからだと彼のことを内心で見下していた。
だからこそ、高校で再び顔を合わせることになった時は驚いたものである。向こうは私のことを意識していないようだったが。
私はクラスメイトがいないであろう学校を選んだ。中学時代のクラスメイトとは最後まで反りが合わなかったからだ。事実、彼がいるとは夢にも思わなかった。
高校でも、私たちは大きく変わることはなかった。彼はお調子者の気質であっという間に多くの友だちに囲まれるクラスの中心人物となった。
対して、私はその輪から外れて、クラスでも大人しい人たちと友人となって絡んでいた。中学のようにはならないようにと注意していたから、内心では安堵していた。
高校でもやはり、彼の態度は目につく。しかし、不思議だったのは、彼が一部の教師にはむしろ好かれていたことだ。
その教師は言うことを聞かない彼を叱るということを授業中のパフォーマンスのようなものとして昇華し、授業中の定番のやりとりとして定着させた。
問題児として扱われていたものの乱暴な不良というわけではなかった彼は、扱い方さえ上手くすれば、クラスの潤滑油として扱えることを、その教師は見抜いていたのだろう。
このことで彼はいっそうクラスの人気を高めることになり、彼を扱いあぐねていた他の教師もその扱いを心得るようになっていった。
私には納得がいかなかった。彼は教師の言うことを聞かない不良だ。それなのに、どうしてクラスメイトから好かれ、教師からも信頼されるのか。
私は高校でもクラス委員として先生から仕事を頼まれることが多かったが、彼は私とは別の形の信頼を向けられていることははっきりとわかった。
私の方が真面目であったはずなのに。どうしてこうも違うのか。世の中は、なんと理不尽なのだろう。
バカになること
あの頃は理解ができなかった。けれど、今ならば、その理由が少しは理解できるような気がするのだ。
生徒が授業中に読んでいたから没収した本を、私はふと気まぐれに読んでみた。『銀魂 3年Z組銀八先生』という作品だ。
私はもともとそういった本は読んだことがなく、だから、その時も暇だったから以上の理由はなにもなかった。
それはどうやら、『銀魂』という漫画のスピンオフのようなものらしい。生徒の口からも、その題名はたまに聞いたことがあった。
銀魂高校という学校の、3年Z組の愉快な日常が描かれている。しかし、普通の学校というわけではなかった。
生徒たちはどれも現実にはいないようなキャラクターの濃密さで、そんなのがごろごろ登場してくるのだ。
中でも、目を引くのがそのクラスの担任という坂田銀八という男。だらしなく、アンニュイなキャラクターである。
教師として規則を正すどころか生徒に規則を破らせ、教師らしからぬ私利私欲に満ちた言動を繰り返すとんでもない男だ。
私が嫌いなタイプの人間だった。しかし、彼は生徒たちに好かれており、彼が登場すると不思議な安心感がある。
気がつけば、最後まで読み切っていた。パソコンの液晶に映る自分の顔は、笑みを浮かべていた。
笑ったのなんていつぶりだろうか。私は思わずそう思う。
私は自分が真面目だと自負していた。しかし、それは臆病なだけだったのではないか。
もしも、あの時。彼らとともに行っていたら、私の人生はまた違ったものになったのではないだろうか。
真面目であることは美徳だ。しかし、他人の言うとおりに生きるだけの人生に、はたして意味はあるのだろうか。
私は彼らをバカだと蔑んでいた。しかし、彼らはバカであるからこそ、人生を全力で楽しんで、心の底から笑っていたのだ。
今からでも、彼らのようになれるのだろうか。私は久しぶりに、あの嫌いだった彼と話をしたくなった。
この本を返すとき、続きを借りてみようか。その時初めて、私は禁止と言われた場所に忍び込むような、高揚感を覚えていた。
『銀魂』の個性豊かなキャラクターが学生に!
銀魂高校。風変わりな名前だが、事実こういう校名なのだから仕方がない。それに、世の中にはもっとヘンテコな名前の学校だってあるはずだ。
3年Z組。「ゼット」ではなく「ずぃー」と読んでほしい。なぜか。その方がカッコいいからだ、と創立者だか校長だかが、言ったんだか言わなかったんだか。
教室前方の壁、黒板の上に掲げられた額の中には、それなりに確信のこもった筆づかいで記された「糖分」という書がある。
とまあこんな具合に、いわゆる「普通の学校」からはボール一個分外れた感のある銀魂高校。その3年Z組の教室の、廊下側の窓際の列、前から二番目に、志村新八の席はあった。
午前八時四十分。あと五分ほどで朝のホームルームが始まろうという時間。新八は自分の席で頬杖を突き、クラスメイトの様子を眺めていた。
それにしてもうちのクラスって、と新八は思うのだった。変な奴、多すぎないか?
中国からの留学生、神楽ちゃんが朝っぱらから怒りまくっている。どうやら、早弁していたところ、留学生のキャサリンにおかずのウインナーを盗まれたらしい。
その左隣りでは、風紀委員の沖田総悟くんと土方十四郎くんが何やら話している。沖田くんが土方くんの携帯で勝手に変なサイトに登録しているらしかった。
教室に元気よく入ってきた近藤くんは新八の姉の妙に絡んでいっては殴られている。長谷川くんはアルバイトの情報誌をめくっていた。
と、まあ、こんな具合にZ組というところはキャラの宝庫みたいな場所でもある。ほんともう、ここまで来ると学び舎っていうよりアミューズメントパークだよね、という感じすらする。
なにごともなく、なんて願いは、3年Z組には通用しない。この騒ぎっぷり。学級崩壊なんて言葉じゃ生ぬるい。新八が心中にそう呟いていたときである。
教室の引き戸がガラリと開けられた。現れたのは一人の男。眼鏡も白衣もネクタイも、全てをだらしなく身につけた、白髪で天然パーマの男。
Z組の担任教師――坂田銀八先生、その人であった。
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