女子高は花園だといいます。まさしくその通り。誰もが自分こそがもっとも美しく咲こうと狙っています。その隠し持った棘で葉を切り裂き、根を絡ませて養分を奪い取ろうと。
『教室には、何本もの糸が張り巡らされているようでした。そしてその中を、誰も無関心でくぐり抜けることはできず、からめとられてしまうのです』
女子高の教室をそう評したのは、秋吉理香子という作家先生だったでしょうか。
彼女の作品である『暗黒女子』はイヤミスと呼ばれるジャンルの代表作とも称される一冊です。
後味の悪いミステリのことをイヤミスと呼ぶ風潮はごく最近生まれたもののようですね。湊かなえ先生の『告白』なども有名でしょうか。
私はイヤミスをこよなく愛しているのですが、残念ながら、友人たちからは賛同を得られませんでした。
この読み終わった後の、すっきりしない、背筋がぞくぞくと震えるような感覚は読んだ人にしかわからないでしょう。そしてそれは、得も知れぬ快感を覚えるのです。
『暗黒女子』もまた、そういった本の一冊でした。舞台は女子高。私が今いるここよりも格式の高い学校のようですが。
文芸サークルのメンバーが真っ暗な中で闇鍋をしている、という奇妙な状況。彼女たちはその中で、自作の短編小説を順番に読み上げていきます。
そのテーマは、前会長だったという白石いつみという少女について。非の打ちどころのないような彼女が飛び下りて命を絶ちました。
彼女たちは白石いつみとの思い出を、ひいてはその事件のことを綴っていくのです。
そして、それらの物語は複雑に絡み合い、次第に凄惨な真実を闇の中に浮かび上がらせるのでした。
と、そんな内容の話なのですが、この作品の真に恐ろしいところは、衝撃的な結末よりも、彼女たちの言葉の随所に紛れ込む毒なのではないかと私は思うのです。
虚言、嫌悪、不遜、思惑、裏切り。それらをすべて笑顔で覆い隠し、当然のような顔で友達を演じる。それはまさに、女子の恐ろしさを煮詰めた闇鍋でした。
何が恐ろしいかと言いますと、舞台である女子高も、文芸サークルも、そしてこの物語の結末も、もちろんフィクションなのですが、この、女子の内包する毒だけは、現実のものだということです。
今、私の目の前で笑い合っている女の子たちも、その楽しげな会話の端々に、明確に相手を傷つけんとする毒を垂らした棘を覗かせているのです。
ああ、なんと恐ろしいのでしょう。と、私もまた女でありながら怯えてはみたものの。
イヤミス好きの私としましては、彼女たちの笑顔の下にひそめた毒が、実のところ、嫌いではないのです。
ただの花も、美しいだけでは味気がない。スズランのように毒を隠しているからこそ、清純でありながら、より艶やかな美しさを持つようになるのです。
暗闇の中の告発
みなさん、今夜は嵐の中、お集まりいただいてありがとう。我が聖母女子高等学院文学サークルの、一学期最後の定例会です。現会長であるわたくし、澄川小百合より、開会のご挨拶をさせていただきます。
十名にも満たない小さなサークルではありますが、全員、いらしてくださったみたいね。あんなことがあったばかりなのに、こうして全員集まってくれて、本当にありがとう。
どうして今日のサロンは、こんなに暗くしてあるのか。初めての方は、戸惑っていらっしゃるかもしれないわね。このくらい照明を落としたサロンも、普段と違う趣があって、なかなか良いものでしょう?
黒い大理石の上――このサロンにはちょっぴり似合わないものが、置かれているのがわかるかしら?
そう、お鍋です。本日の会は、いわゆる「闇鍋」形式で行われます。そう、真っ暗な場所で、それぞれが持ち寄った、不可思議な食材を入れて食べる、というもの。
ところで、みなさん、今夜はもうひとつ大切なものを、忘れずに持ってきてくださっているかしらね。そう、短編小説です。
毎回、各自一編ずつ小説を仕上げてきてもらって、お鍋をいただきながら、それぞれの小説の朗読を聞くの。みなさん、もちろん書いてきてくださったわね?
いつもならテーマは自由なのだけれど、今回だけは、あの出来事があったから、勝手ながら決めさせていただいたわ。そう、今回のテーマは、前会長である白石いつみの死。
どうしていつみが亡くなってしまったのか。それは、わたしには今でもわからないの。
え? ええ、もちろん知っているわ。このメンバーの中の誰かが、いつみを手にかけたって噂されていること。それを信じているか、ですって? さあ……どうなのかしらね。
だから今夜は、思いきりいつみを偲びたいの。いつみの愛したこのサロンで、ここにいるメンバー全員と。
わたしが進行役を務めるけれど、今夜の主役はあくまでも、わたしたちの愛する亡き友、白石いつみ。
どうしても、どうしても知りたいのよ、わたし。あれは、一体、どういう出来事だったのか。だからこそみなさんに、それぞれの視点から、このことをテーマにして書いてもらいたかったの。
それでは、そろそろ始めましょう。シャンデリアの照明を、完全に落としてしまいます。みなさん、準備はよろしいかしら?
それでは第六十一回、聖母女子高等学院文芸サークル「定例闇鍋朗読会」のはじまりです。
価格:672円 |
関連
壇上に立ったひとりの教師。彼女は教師を辞めることが決まっていた。そのきっかけは、一人娘の喪失。彼女は、その犯人がこの教室にいるのだと告発した。
教育に熱心な貴方様におすすめの作品でございます。
価格:680円 |
ぼくが小学生の時、近所に怪しげな噂が囁かれる大きな建物があった。そこはびっくり館と呼ばれる。そこで、ひとつの事件が起こった。ぼくは、その事件を知っている。
びっくりしたい貴方様におすすめの作品でございます。
価格:704円 |