子どもの頃、私は絨毯の上にずっと座っていた。いつか、空が飛べると信じていたから。
ディズニー映画の『アラジン』が大好きだった。アラジンとジャスミンの二人は素敵で、ジーニーもおもしろい。なんでも3つの願いを叶えてくれるランプをもしも手に入れたら、私なら何を願うだろう。
でも、やっぱり私が一番心惹かれたのは、空飛ぶ絨毯だった。映画の中で紳士的で、お茶目な性格をしているみたい。
もちろん、大人になってからはそんな願い事なんて、いつしか忘れてしまったのだけれど。
だから、その本を手に取ったのは、私がまだ幼かったあの頃だからなのかもしれない。『アブダラと空飛ぶ絨毯』という作品だった。
作者はダイアナ・ウィン・ジョーンズ。私はどこかでその名前を聞いたことがあった。
ふと、思い出したのは、『ハウルの動く城』の原作である『魔法使いハウルと火の悪魔』の作者だということ。
そして、どうやら、『アブダラと空飛ぶ絨毯』は、その作品の続編にあたる作品であるらしい。
アブダラは貧しい絨毯商の青年。彼は商売で利益を出すことよりも、今の生活を続けたまま、空想を楽しむことを選んでいた。
空想の中で、アブダラはとある国の王子だった。そして、いずれは運命に定められた美女と結婚するという空想を描いていた。
ある時、アブダラの店にひとりの薄汚れた男が訪れる。彼は絨毯を売りたいのだという。
それは、ひどく薄汚れた絨毯だったけれど、実は魔法の絨毯だった。なんと、その絨毯は空を飛ぶことができるのだという。
その目で実演までされて、信じたアブダラは高い金を支払ってその絨毯を手に入れた。けれど、それきり絨毯はうんともすんとも飛ばなくなってしまった。
けれど、ある夜、アブダラが目を覚ますと、立派な宮殿の庭園にいた。アブダラが驚いたのは、それが自分の空想とそっくりだったことだ。
そこで出会ったのは、父親以外に男性を見たことがない〈夜咲花〉という美しい女性。アブダラは彼女に恋に落ちた。彼女もまた、アブダラが好ましいのだという。
しかし、幸せな時は続かなかった。突如現れた巨大なジンが、〈夜咲花〉を連れ去ってしまったのだ。アブダラは彼女を救うため、旅に出る。そんなお話。
最初、私はその物語のどこが『魔法使いハウルと火の悪魔』の続編なのと思っていたけれど、それは後にわかってきた。
私は前作も大好きだったから、ソフィーや、ハウルや、カルシファーが登場した時は思わず嬉しくなったものだ。
おもしろかったのは、アブダラの特徴的な台詞回し。彼の故郷では、商人は買い手と売り手が互いにお世辞を言い合う文化があった。
そのせいか、アブダラのセリフは回りくどくて、ちょっとおかしなお世辞ばかり。人間だけじゃなく、絨毯までも誉めそやしている。
それがしかも、物語の重要なカギになるのだから、私は愉快で仕方がなかった。絶対に変な目で見られるけれど、真似してみたら楽しそう。
子どもの頃、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ先生の作品の好きなところは、いつもハッピーエンドで終わるところだった。
大人になった今では、そんなにうまくいく話なんてないよ、と、すっかりひねくれてしまった。
大人になった私は、あの素敵な物語を素直に楽しむことができなくなっているだろう。それがどこか寂しくもあった。
でも、現代みたいな世の中には、むしろそんな幸せな「めでたしめでたし」が必要なのかもしれないね。
恋人のために絨毯に乗って冒険へ
インガリーからはるか南に下った地、スルタンが治めているラシュプート国のザンジブ市に、ひとりの若き絨毯商がおりました。名をアブダラといいました。
かねてより息子を見限っていた父親は、バザールの北西のひと隅にささやかな小屋を開く資金しか残してくれませんでした。
アブダラはなぜ父親が自分を見限ったのか、わかりませんでした。自分が生まれた時のお告げと関係あるらしいのですが、調べてみようと思ったことはありません。
昔からその事情については、好きなように空想している方がよかったのです。空想の中ではアブダラは、どこかの王子の、ずっと行方不明になっている息子でした。
空想はこの頃では、細部までよく練り上げられていました。最近、白昼夢はアブダラが誕生した時に定められたフィアンセの王女のことばかりでした。
でもすぐに、邪魔が入りました。背の高い薄汚い男が一枚の薄汚れた絨毯を両腕で抱えて、店に入ってきたのです。
「あなたは商いのために絨毯を仕入れるんでしょうな、大きな屋敷の息子殿?」
「その通りです、砂漠の王よ、あなた様はこの哀れな商人と取引をお望みなのですね?」
「取引ではない、売りたいのです。山のようなござの主たるお方」
男が片腕を器用に突き出すと、絨毯が床の上にさっと広がりました。絨毯は大判ではありませんし、広げてみると、予想以上に薄汚れていました。
「ああ、この貧しき商人がこちらのきらびやかな敷物にお払いできますのは、銅貨三枚だけでございます」
「金貨で五百なら売りましょう」
「今、なんと? 砂漠の全ての盗賊の頭たるお方、ご冗談でございましょう?」
「冗談を言ったつもりはないが、でも、あなたが関心がないというのなら、立ち去ることにいたします。これは魔法の絨毯なのですが」
これは空を飛びます。持ち主が命じたところなら、どこへでも。見知らぬ男が答えました。
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