僕はペンを持ったまま、動けなかった。机の上に置かれた進路希望調査票。その欄の中は、まだ空白のままだった。
昔から、何かを頑張ったという記憶がない。やりたいことなんて特になくて、ただ楽しくその日を過ごすことができればそれでよかった。
将来、自分が何になるか。それも、深く考えたことはない。何となく卒業すれば、どこかしらには入ることができるだろうと、ぼんやり思っているくらいだった。
適当に書いてしまえばいい。それができないのは、さっきまで話していた友だちが、自分のやりたいことをどうやら明確に決まっているらしいことを知ってしまったからだった。
「俺、医者になりたいんだよ」
彼はそう言った。頭の良い彼だったが、どこか斜に構えているように見えたから、そんな男がはっきりと臆することなく言ったことに僕は驚いた。
今年、世界中で流行した感染症の猛威は恐ろしく、今もまだ続いている。そんな中、あまりにも理不尽な言いがかりではあるが、医療従事者に対する差別がテレビで報道されていた。
感染して苦しむ人たちを救おうと、自らが最前線に立って必死に働く彼らを我が身かわいさに差別する世の中に、彼は衝撃を受けたのだという。
彼が世の中に対して感じた疑問は、そのまま転じて医者への憧れとなった。彼もまた、差別や恐怖に負けず、自らも人を救う戦士でありたいと、そう願ったのだった。
「そのためには、今から勉強を始めておかないとな。大学の医学部に入れるようにしないと。知り合いの医者に、どうすれば医者になれるか訊こうと思うんだ」
彼の目は本気だった。そして、自分の将来を真剣に考えている友だちと大平楽な自分を比較して、思わず恥ずかしくなった。穴があったら入りたいくらいだった。
そんなわけで、自分が将来、何になりたいか、僕はわからなくなってしまったのだ。みんなが提出に行く中で、僕だけは放課後までに提出ということになった。
悶々と考えても答えが出なかった僕は、図書室に行くことにした。仕事名鑑があるかもしれないと考えたからだ。
新刊コーナーをぼんやりと眺めていると、ふと、一冊の本が目に留まった。僕は思わず手に取る。
『なぜ僕らは働くのか』。タイトルにはそう書かれていた。監修は池上彰。テレビでも見かける人だ。
それは、マンガと実用書がいっしょになったかのような本だった。ひとりの男子中学生の悩みが解決していく姿を描いている。中学生。僕よりも年下だ。
職場体験を控えたハヤトは、自分の将来に思いを馳せていた。自分はいったい何になるのか。そもそも、どうして働くのか。
そんなハヤトにヒントをくれたのは、同居している叔母の優。フリーのデザイナーの彼女は、執筆中の本の一部をハヤトに読ませてくれた。
そこに書かれていたのは、働くとはいったいどういうことなのか。ハヤトはその本から学び、自分自身を見つめ直し、心身ともに成長していく。
読み終わった僕は、再び空白のままの進路希望調査票を取り出した。その空白を、じっと見つめて、考え込む。
今までの僕は、働くということについて、特に考えたことはなかった。けれど、気が付けば、僕たちの日常は働く人たちによって支えられていた。
何気なく買っているコンビニの総菜パン。そのパンは、僕がお金と引き換えにコンビニの店員さんに袋に入れてもらったものだ。
パンは小麦から作られている。小麦をパンにするための工場で働く人たちもいる。その人たちの手によって、僕が今食べているパンは生まれる。
けれど、その元となる小麦がなければ話にならない。小麦を作っているのは農家の人たちだ。水を与え、時期になれば収穫する。その切り取った房がやがてパンになる。
こんなに小さなパンでも、たくさんの人たちの仕事によってできている。僕はそれを、改めて実感した。
僕はどこか、大人と、自分たち子どもを分けていたのかもしれない。でも、そうじゃない。
子どもである僕も、いずれは必ず大人になる。大人になって、何かの仕事に就く。そのことを、今までよりもずっと強く自覚した。
僕はきっと、知るべきなのだろう。働くということの仕組みについて。そして、僕自身について。
よし、と小さく呟いて、僕は自分の答えを進路希望調査票に書いた。どこか清々しい気分で、僕は立ち上がる。未来は、無限の可能性に満ちていた。
「働く」ということを考えよう
このところ「仕事」についてのニュースが増えました。「働く」ことについて、これまで以上に多くの人が考えるようになったからでしょう。
この本は、将来の働き方について中学生や高校生に考えてもらおうと願って作られました。
この本を作るにあたって、私たちスタッフは自分の子どもの頃のことを思い出していました。将来どんな職業に就きたいのか、希望や不安を持っていたことを。
そんな昔の自分に対して、「不安にならなくても大丈夫だよ。まずは世の中がどんな仕組みになっているのかを知っておこう」と語りかけながら完成させたのが、この本なのです。
この本は中高生向けではありますが、大人であっても、自分の仕事に不満を盛ったり、不安があったりする人がいるでしょう。そんな人にも読んでもらいたいのです。
子どもにとって、大人というのは遠い存在に見えるものです。しかし、実際に自分が大人になってみると、大人ってそんなにすごくありません。
立派そうに見えるだけで、根っこの部分の気持ちや感覚は、子どもの頃とそんなに変わらないのです。
この本は「働く」を切り口に、子どもたちにとってこれから待ち構える人生のいろいろなことを予習できます。
「働く」は、多くの人にとって大事なテーマであり、ずっと続く関心事です。だから、いろいろな年代の人にとって、学びや気づきのある内容を盛り込みました。
一冊の本が人生を決める。この本が、あなたにとって、そんな特別な一冊になることをスタッフ一同願っています。
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