時を経ても変わらない浮世の面白さ『浮世道場』群ようこ


古典というものはなんとも面白い。書かれている風習も、社会も、今の私たちのそれとはまるで違う。それなのに、不思議と、そこに描かれている人間そのものは、私たちとも通ずるところがあるように思える。

 

思い出せば数年前、私は古典が大の苦手だった。オカシ? アワレ? それは日本語であるのに日本語ではなく、何を言っているのかサッパリわからない。おかげで唯一得意だった国語の点数はガクッと落とされている。

 

古典が好きになったのは、群ようこ先生の『浮世道場』という本を読んだことがきっかけだった。タイトルに惹かれて読んでみたはいいものの、どうやら古典のエッセイだと気付いた時、最初こそ私はがっかりしたものである。

 

男女別の心得などを記したマニュアル本「重宝記」。エリート女性の複雑な心情を記している「紫式部日記」。母となった後も女としての苦悩に煩悶としている「蜻蛉日記」。

 

などなど、ジャンルに問わず、さまざまな古典の作品について、著者である群ようこ先生の思ったことを徒然なるままに綴っている、というのが、この本である。

 

やはりというか、群先生自身が女性ということもあって、当時の女性に対して思いを馳せていることが多い。そして、私の古典に対する先入観を根底からひっくり返したのは、先生の古典の捉え方だった。

 

先生は古典の作品を、現代に照らし合わせて考えていたのだ。たとえば、「紫式部」は現代でいうところの独身エリート女性に。「藤原道綱母」は高飛車でプライドの高い女性に。

 

そうやって現代と重ねると、今まで何も理解できなかった古典が、不思議と納得できるほどピタリとはまりこんでいく。

 

当時、女性は男の付属品であるかのような扱いだった。「重宝記」の内容を知れば、それが如何に偏っている考えか、よくわかる。けれど、その本がマニュアル本として当時のベストセラーとなったのは、それが常識だったということだろう。

 

とはいえ、思うところがある。女性は自分勝手で物事の道理をわきまえていない。女性は上品であるべきである。女性は夫を敬うべきだ。女性は子を産まなければならない。

 

とまあ、聞いてみると、その時代から何百年の時が過ぎた現代であっても、男性が女性に対して抱えている偏見は、驚くほど何も変わっていない。女性の社会進出が進んだ今ですら、同じようなことを相変わらず言っている男性は数多くいる。

 

浮気する夫の身勝手さに憤っている藤原道綱母といい、控えめに振舞いながらも内心で毒をため込んでいる紫式部といい、どこか現代の女性を彷彿とさせるのもまた、面白い。

 

要するに、人間というものは、どれだけ時が経とうとも、根元のところは何も変わっていないのだろう。それが良いことだとか悪いことだとか、そういうことではなくて、そういうものなのだ。

 

そう考えると、古典を読む時のあの息苦しさが、ふっとなくなったような気がした。つまりは、本を読むのと何ら変わらない。小説、エッセイ、日記、言葉が違うだけで、書かれていることは大したこともない、私たちが身近に触れている文章そのままなのだから。

 

以来、私は古典を読むのが楽しくて仕方がない。社会のことを浮世というけれど、浮いている世の文字通りに社会なんてものは不安定で、とらえどころがない。ただ、その中で生きる私たちは変わらないところをどっしりと構えて生き抜けていけばいいのだ。

 

 

浮世を生きることを学ぶ

 

私は生活便利帳の類を読むのが、小学生のころから好きだった。なかでもいちばん好きだったのは、「テーブルマナー」だった。

 

社会人になると、マナーが必要になってきた。覚えているようでもいつも不安になる。誰が決めたのかは知らないが、日本は複雑なしきたりで成り立っているとあらためて感じているのだ。

 

「重宝記」は日常生活に必要な項目を、わかりやすく解説したマニュアル、生活便利事典である。当時の本屋で売れるのは難しい本ではなく、好色本か重宝記であった。

 

『女重宝記』の最初はこのような序文ではじまる。女性というものは皆ひねくれていて、自分勝手で金銭や物品を欲しがり、物事の道理がわからず、素直ではなく愚かである。と、よくもまあ、ここまでいってくれるじゃないか、兼好法師! といいたくなる。

 

とにかくこの本は、「著者が考える真っ当な婦女子の育成」のために書かれたとしか思えない。どうも男性が書く、女性に向けての本は違和感がある。『女重宝記』はとにかく、女性らしくあれという視点で書かれている。

 

女性というものは上品で優美な身なりをし、結婚をしたら嫁ぎ先の親を実の両親と思い、夫を敬い、子を産み、継子がいたらかわいがり、琴を弾じ、美しい文字を書き、和歌、華道、茶道、香道の素養があり、伊勢物語、源氏物語を読んでいる。

 

こんな女性っているのか? よくよくこの本を読んでみると、マニュアル本というよりも、幻想の女性の姿を追っているように思える。

 

男性は基本的な人間として礼儀をふまえていればそれでよしとされる場合が多いのに、女性の場合はその上に女性としてふさわしい振る舞いを要求される。

 

現代でもその傾向はあるが、それ以前に人間として基本的な礼儀が欠けている。「人間重宝記」が必要な時代になってしまった。

 

ベストセラーになったはいいが、この本の内容を受け取る側はいったいどうだったのか。それによって世の中は変わったのかと考えてみるに、数々の類書は世に出るが、人間の行動は昔から変わらないような気がするのである。

 

 

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