「大人になる」って何だろう。ずっとそんなことを考えて生きてきたような気もする。そんな僕も社会人になって、でも、未だに、「大人」とは何なのか、よくわかっていない。
「『大人になる』ってどういうこと?」
自分の息子にそう聞かれた時、思わず言葉に詰まってしまった。ずっと迷っていたその答え。適当に、はぐらかすことくらいはできるだろう。けれど、なぜだかそうしたくはなかった。
眼を閉じて考える。大人とは何なのか。記憶や思考を辿っていくと、ふと、頭に引っかかるものがあった。それは、ずっと昔に読んだ本だ。
タイトルはたしか、『大人のしくみ 10代のための哲学』。そうだ。僕はその本を、高校生の頃に読んだ。僕が「大人になる」ということについて考えるようになったのも、その本を読んだことがきっかけだったじゃないか。
その本は、「人生の取扱説明書」と銘打ってある。穏やかな語り口で、まるで友人のように語りかけてくるその本に、当時、圧倒されたのを今、思い出した。
けれど、穏やかな語りであるのにもかかわらず、書かれていることは随分と手厳しかった。おかげで、当時の僕が持っていた驕りや、思い込みはみんな打ち砕かれた。
もっとも衝撃を受けたのは、「今の自分は何も持っていない」ということだった。親から生まれた僕たちは、親がいなければ存在すらしていない。
「自分の金」と称して使っているのは親の金で、実は自分のものなんて何ひとつ持っていないのだ。それを知った途端、今までの自信を持っていた自分がまるっきりの裸だったかのような不安と羞恥を覚えた。
そして、もうひとつ、「社会は決して平等じゃない」ということ。道徳の授業で、僕たちは「平等」という言葉の美しさについて、散々教え込まれる。それなのに、それを僕たちに教えた社会そのものが、そうじゃないのだという。
嘘を吐き、裏切って、簡単に人を蹴落とす。社会は平等なんかじゃなくて、どちらかが有利に、どちらかが不利になるワンサイドゲームだ。そして誰もが、自分が有利になるために目を光らせている。
人に優しくしましょう。嘘を吐いてはいけません。平等は美しい。学校や家で大人に教えられてきた常識は、自分が大人になった時、必ずそれを教えてきた社会そのものに裏切られる。
社会はとても汚いものなのだと、僕たちは知ることになるのだ。けれど、それでもそんな汚い社会で僕たちは生き続けなければならない。そんな現実を、今の僕は紛れもなく真実だと知っている。
大切なのは、「考え方を変えること」だと、その本は言っていた。つまり、物事を違う視点で見てみること。一方的なひとつの意見だけで決めつけないで、いろんな視点で見る。
そのためにはまず、考えることだ。考えることを放棄していてはいけない。
考えることをやめて、人の言うことを唯々諾々と、ただ聞くだけというのは楽なことだ。だから、ほとんどの人はそう流されてしまう。生きていくことで精一杯で、考えることを放り投げてしまう。
それではいけないのだ。ただ聞くだけじゃない。考えてみる。相手の視点から。あるいは、さらに上から。いろんな方向から物事を見つめることで、新たに見えてくるものがある。
ふと、僕は自分のことを振り返ってみた。僕は今、考えて生きることができているだろうか。ただ上司の指示に従うだけの、つまらない人間になっていやしないか。
今になって思う。あの本からは多くのことを学んだ。当時はよくわからなくて、「何を偉そうに」と吐き捨てたあの本が、多くの真実を教えてくれていたことを、今ならばよくわかる。
だからこそ、僕は自分の息子に答えなければならないだろう。「大人になる」とは、どういうことか。それは……。僕は息子の目を見つめて語りかけた。彼の目が、無垢な輝きにきらきらと光る。
人生の現実とは
この本は、ティーンエイジャーと親たちのために書かれた”人生の現実”についての本だ。人生について、ほんとうのところはどうなのかを書いたものだ。世の中が実際にはどう動いていて、どうしたら人より一歩抜きんでることができるかという話。
そして考えるという行為について書いてある。”何を”考えたらいいのかということも少しは書いてあるけど、大半は”どう”考えたらいいのかという内容だ。
「人生の取り扱い説明書」といってもいい。ほら、まず箱の中身を全て取り出し、部品が全部そろっているかどうかお確かめください、ってやつだ。
世の中というのは、望むと望まないにかかわらず、向こうから押しかけてくる。だからきみが世の中とどう”つき合う”かが、これから先、世の中がきみとどう”付き合ってくれる”かに大きな影響を及ぼす。
この本は、きみが当たり前だと思っているようなことを、まったく異なる観点から見てもらうために書かれた。読めば少なくとも、ものごとの仕組みとそれを自分に有利なように動かす方法について、新しい発見があると思う。
大事なのは、これを読んで、ふうん、おもしろいや、でおしまいにしないこと。書いてあることを本気で考え、自分はどう感じているのか、心の中を探ってほしい。
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