子どもの頃から村に暮らしているのが嫌いだった。年寄りばかりで、どいつもこいつもヘンに頭がかたくて、おまけに何もなくて。
ずっと都会に憧れて、大学への入学を機に、とうとう私は地元の村から離れることに成功した。もう二度とあそこには戻らないと、固く心に誓っていた。
それなのに、今。私は故郷の村が恋しくて仕方がない。あんなにも憎らしくてたまらなかった、まるで牢獄のように思っていたあの場所に帰りたくてしょうがなかった。
今、私の目の前にあるのは、『うらんぼんの夜』という作品だった。図書館で運命の出会いを果たして以来、何度も読みこんでいる。
決して感動できる、とか、面白い、とか、そういう小説じゃなかった。どちらかというと、不気味で、読んでいると背筋がぞっとするような、そんな作品。
私はホラーが苦手なのだけれど、この本は読めた。どころか何度も読んでいる。というのは、幽霊らしき存在があまり出ない、という理由ではなくて。
きっと、この物語の主人公である奈緒の気持ちが、私の抱いてきた想い、そして今まさに抱いている想いが、ぴたりと重なってしまったからなのだろう。
奈緒が住んでいるのは、とある田舎の集落。よそ者を嫌い、住んでいるのも年寄りばかりで、奈緒は実家の農業を手伝いながらも、出ていきたくてたまらなかった。
そんなところに、同い年の女の子が引っ越してくる。東京からやってきた亜矢子というその女の子と、奈緒は、家が近所なのも手伝って仲良くなることに成功する。
しかし、徐々に村の様子がおかしくなる。黙ったまま不気味な目つきで亜矢子の家族を監視する集落の老人たち。口数が少なくなってくる亜矢子。祖父や祖母の不可解な態度と行動。
よそ者が立ち入ることを禁止されている気味の悪い地蔵。それにまつわる村の真実とは。彼らはいったい、何を隠しているのか。
初めて読んだ時は、とにかく不気味で仕方がなかった。よそ者を嫌う閉鎖的な村の雰囲気は私にも覚えがあるけれど、作中の老人たちには、本当にぞっとする。
それなのに、ページをめくる手が止まらなくて、真相に呆気にとられながら、最後まで読み切ってしまった。
感じたのは、閉鎖的な田舎の不気味さと、そして都会の人間の非人間的な冷たさだった。どちらがいいかと言われれば、どちらも嫌だ。
田舎だろうが、都会だろうが、悪いところはある。昔は都会をユートピアのようだと思い込んでいた私は、今や、その真実を身に染みて知っていた。
初めて就職した都会の企業は、あまりに早く動く時間と人の流れについていけず、失敗ばかりだった。助けてくれる人は誰もおらず、誰もが知らぬふりをして通り過ぎていく。
ああ、田舎の人間臭さが愛おしい。あの意地汚くて、うっとおしくて、うるさくて、一切の遠慮をしない最悪の故郷に、帰りたくて仕方がない。
田舎は牢獄だった。でも、都会もまた、牢獄だ。私はただ、隣の牢獄に憧れていただけの、道化に過ぎなかった。
読み終わった『うらんぼんの夜』を、また読み返す。奈緒の姿が私と重なって、亜矢子と仲良くなる。結末を知っている私は、もう何も感じない。
田舎だろうが、都会だろうが関係はない。どちらも、「人間」であることに変わりはないのだ。その本質は、何も変わっていない。今の私はそのことをようやく知った。
明日、私は田舎に帰る。逃げ帰るのだ。この恐ろしい都会から。あの忌々しい田舎まで。理想なんて、どこにもないんだ。
その村の真実
「母ちゃん、あたし山谷げさ嫁ぎたくねえよ」
腰を曲げて一心不乱に草刈りしている後ろ姿に声をかけると、母は鎌を持ったまま振り返った。あねさまかぶりの下にある顔は黒光りするほど日焼けし、肌には細かいシワが寄っている。
「あたし町さ出たい。町の人と所帯もって商売したいんだ」
「なあに言ってんだか。今はそこらじゅうヤミ屋だらけで、まともな商売人なんて干上がってるわ。おめさんは都会さかぶれて勝手なことぬかしてねえで、みんなして家を守んねばなんねえ」
「村から一歩も出ないで百姓だけやって生きてくなんで嫌だ。女学校も行けねえし、まるで子守りと野良仕事やるために産まれてきたみてえだわ」
「いいか? 女は家と村を守るための要だぞ。キミ子はもう十六だ。念仏さ入ってばあさま方から地蔵さまの世話を受け継いでいかねばなんねえ」
もしかして、今が地蔵へ願掛けをするときなのではないか。キミ子は刈り取られた草を黙々とリヤカーへ放り投げながら思いを巡らせた。
夜中にこっそりと地蔵のところへ行こう。さっきから繰り返しこの結論に達しているのに、「願いと災いは背中合わせ」という村の言い伝えが邪魔して迷いが首をもたげてくる。
自分が参ればどっちに転ぶのだろうか……。今まで地蔵のいる藪へ近づいたこともないけれども、ここで行動しなければ自分の一生は決まってしまうだろう。
母のように日々果てしのない労働に追われ、村に仕えながら瞬く間に老いていく。青竹が繁る聖域を思い浮かべ、キミ子はごくりと喉を鳴らした。
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山奥の小さな村、雛見沢。前原圭一は新しくできた友人たちと楽しい日々を送っていた。しかし、村の真実を知ってしまってから、彼の周りで奇妙なことが次々と起こる。
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