パロディ満載のポストアポカリプス『廃棄世界物語』猫弾正


 怖い。彼らはまるで獣のようだった。言葉にならない言葉を叫びながら力を振るう彼らに、私はただ、身を潜めて怯えることしかできなかった。

 

 

 彼らは人間だ。人間は、何よりも怖ろしい獣だった。人を騙す知恵を持ち、いくら力が弱いとは言っても、私のような女一人を蹂躙することなど造作もないだろう。

 

 

 かつて、人間は文明を築き、法律の中で生きる、世界の支配者だった。隣人を愛せよ。人々は互いを慈しみ、世界は平和だった。その世界が滅亡するまでは。

 

 

 恐怖の大王。マヤ文明。世界の滅亡を、その頃は誰もが一種のオカルトとして口にしていたのだという。自慢するように、まるで楽しそうにそのことを語っていた、と。

 

 

 はたして、本当に世界の滅亡が訪れた時、彼らは笑っていたのだろうか。少なくとも、今の時代を笑っている人など見たことがないが。

 

 

 世界は滅亡した。それは、かつて言われたような、隕石や、大災害のような、何かしらのきっかけがあったわけではない。だからこそ、誰も気がつかなかったのかもしれない。

 

 

 技術への過信。自分たちの知恵の驕り。他者への悪意。それは世界が豊かであった頃からすでに世界にあったものだ。だとするならば、世界はずっと前から滅亡へと進んでいたと言える。

 

 

 国と国との戦いによる自然環境の破壊。兵器として改造した変異生物の逃亡。対人間用に特化されたロボット兵器の暴走。

 

 

 それらがまさか敵ではなく自分たちを滅ぼすことになるとは、思わなかったのだろう。つまるところ、彼らは驕っていたのだ。気がついた時には、全てが手遅れだった。

 

 

 法律は意味を為さないものになり、文明は崩壊した。知恵や技術は衰退し、力が全てを支配する世界になった。

 

 

 息を止める。自分の心臓の音がうるさく聞こえた。複数の足音がすぐそばを通り過ぎていく。悲鳴と断末魔。怒号。そして、静寂。汗と涙が知らず私の頬を伝った。

 

 

 毎日を生きるので精いっぱいだった。いっそ、終われたならば楽だったろう。しかし、臆病な自分には、それすらもできず、ただ震えて隠れながら生きるしかないのだ。

 

 

誇りを持って生きる

 

 それを見つけたのは偶然だった。行き倒れた人を見つけたのだ。おそるおそる近寄ってみたが、すでにこと切れていた。

 

 

 今時、漁られていないなんて珍しい。すでにそんな倫理観なんて消え去ってしまっていた。

 

 

 私は近づいて、その男の荷を探ってみる。しかし、食料らしきものは何もなかった。私は思わず落胆する。

 

 

 その代わり、といってはなんだか、その男はなんとも珍しいものを持っていた。携帯用のデータ端末だ。世界がこうなってからは、私も初めて見る。

 

 

 開いてみると、どうやらそのシステムはまだ生きているようだった。これを質屋に持っていけば、いいものと交換してくれるかもしれない。

 

 

 しかし、興味に負けたのは、その端末に保存されていたのが、ひとつの物語だったからだ。『廃棄世界物語』というのが、その作品のタイトルだった。

 

 

 帝国から亡命してきた貴族の女性と従者が、廃棄されて荒廃した惑星ティアマットで、捲土重来を夢見ながら生き抜いていくというストーリーらしい。

 

 

 見つけた作品がよりにもよってポストアポカリプスとは。なんだか皮肉な話だったけれど、私は夢中になって読んでいた。

 

 

 世界観は重いが、不思議とシリアス感はない。というのは、主人公の女性たちが軽口や冗談を叩きながら、いかにも楽しく生き抜いているからだろう。

 

 

 どうして。私は疑問に思わざるを得なかった。生きるのすら必死な世界で、何もかもを失ったのに、どうしてそんなにも楽しげに生きられるのだろうか。

 

 

 彼女たちが強いからか。もちろん、それも理由のひとつだろう。けれど、どうにもそれだけではないような気がしていた。

 

 

 何度か読み直して、そしてひとつの答えを得た。誇り。それこそが答えなのではないかと思った。

 

 

 何もかも失った彼女たちが、ただひとつ、失わなかったもの。自分自身。貴族としての自分への強い信頼と自負こそが、彼女たちに希望を持たせているのではないか。

 

 

 羨ましい。私は強くそう思った。私は彼女たちのように強くはなれない。変異生物どころか、人間の中でも弱いだろう。

 

 

 けれど、だから隠れて生きるのか。この先の、どうせ短い人生を、私は怯えながら生きるのか。

 

 

 それは、嫌だな。そんな人生には、何の楽しみもない。生きることが楽しみになってしまえば、それはもう、生きることに理由を失うことと同じだ。

 

 

 私も、強くなろう。何もかもに怯える生き方じゃなくて、自分自身の生き方をするのだ。たとえ、長くはないとしても、それが私の誇りだと思うから。

 

 

「あっ」

 

 

 私は思わず声を出した。データ端末がぷつんと切れて暗転したのだ。いくら弄っても、それっきり再び電源がよみがえることはなかった。

 

 

 けれど、私の胸中は、かつてのそれとは大きく変わっていた。生きることに対する絶望は小さな、けれどたしかな希望へと変わっていた。

 

 

 生きよう。自分自身に胸を張って生きることができるように。それこそが、私がこれから生きる、私の物語だ。

 

 

帝国貴族は忘れられた地で捲土重来を夢見る

 

 帝國からの亡命貴族であるギーネ・アルテミスは、虚ろな眼差しをして従者の傍らで呆然と佇んでいる。

 

 

 ギーネが強張った表情を向けている視線の彼方では、地響きを立てて山が動いていた。

 

 

 それは山脈に匹敵する質量を持つまでに成長した、驚くほどに巨大な蟲だった。鉄錆色の蟲は轟音を響かせて都市防壁へと激突した。

 

 

 都市防壁は、衝撃を受けた中心点から冗談みたいに大きくたわんでいく。自らに降り注ぐ抵抗をものともせずに怪獣蟲は都市中核に位置する統合センタービルへと突っ込んでいく。

 

 

「我々の荷物は?」

 

 

「ホテルの貸金庫に」

 

 

 アーネイは財布を取り出して逆さに振るが、何も出てこない。両替したばかりの都市発行の紙幣は、たった今、一瞬で紙切れになってしまった。

 

 

 口々に噂話を囁き合っている町の人々を横目に、大通りに蹲ったギーネ・アルテミスは口を半開きにして日光浴していた。

 

 

 北方統合府の消滅から十日が経っていた。ギーネとアーネイの二人は、三日三晩歩き通して、統合府の境界付近にあった名もない小さな町にようやくたどり着いていた。

 

 

 見慣れぬ二人の旅行者を気の毒に思ったのか、町外れの食堂の親父が奢ってくれたのが、泥水と変な肉団子である。

 

 

 手元の食料を眺めて躊躇しているアーネイの横で、ギーネは気にした様子もなく肉団子をぽりぽり食べながら、泥水で流し込んでいた。

 

 

 アーネイが完食した頃に、頑丈そうな布袋を抱えた子供が埃っぽい道を駆け抜けて食堂へと飛び込んできた。

 

 

「半分は肉団子にしてくれよ!」

 

 

 食べた後では、予感がしても手遅れである。袋に手を突っ込んだ親父が取り出したのは、緑色に輝く不気味で巨大な節足動物だった。

 

 

「ふっ、ふふっ……これが、ティアマットか」

 

 

 蒼い顔をして震えていたギーネが。脂汗を浮かべつつ引き攣ったような笑顔を浮かべた。

 

 

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