交渉が世の中を動かす『武器としての交渉思考』瀧本哲史


 人と話し合うのは苦手だった。議論になりそうになると、どうしても逃げてしまう。私はいつもそう。

 

 

 口下手なのかもしれない。ただ、人との会話が苦手なわけじゃないのだ。雑談だとかは、気軽にこなすことができる。

 

 

 けれど、相手と意見が対立したり、反論されたりすると、途端に上手く言葉が出なくなる。

 

 

 自分の中の考えを、上手く言葉にすることができないのだ。自分の伝えたいことが伝えられないまま、相手の言葉を聞いて黙り込んでしまう。

 

 

 言い返すと、つい熱が入り、次第に議論はただの言い合いになっていく。精神を摩耗した末に、得るものはない。

 

 

 最初の論点なんてすぐに忘れてしまって、最後にはただ相手を言い負かすことだけが目的になってくる。

 

 

 あまりにも不毛。そんなことを繰り返すうちに、いつしか私は相手の言葉にただ頷くだけの人間となっていた。

 

 

 どうせ理解をされないなら、誰にも理解を求めない。言い争いたくないから、相手の言葉に頷くだけ頷いて、頭の中では少しも聞いていない。

 

 

 私は逃げている。その自覚はあった。しかし、立ち向かうためにはどうすればいいか。それがわからない。

 

 

 けれど、このままではいけない。そんなことは、私自身、わかっているのだ。克服しなければならない自分の弱点だと。

 

 

 滝本哲史先生の『武器としての交渉思考』という本と出会ったのは、そんな時だった。

 

 

 これからの時代、交渉が重要になってくる。と、その本には書かれていた。その本には交渉の全てがある。

 

 

 上の立場の人間にへりくだることなく、合意する点を見出すこと。かつて、マーク・ザッカーバーグも、スティーブ・ジョブズも、交渉によって成功を手にしてきた。

 

 

 大事なのは、ロマンとソロバンだ。熱意だけでは人は動かない。そこには、必ず「お金」が絡んでくる。

 

 

 

 私は勘違いしていた。相手との話し合いは、まず相手に理解させることだと思っていた。だからこそ、理解を得られない最初の段階で躓いていたのだ。

 

 

 相手を説き伏せるのではなく、合意を得て、仲間になること。目の前にいる交渉相手は敵ではない。仲間に引き込む相手なのだ。

 

 

 交渉というものを、いちから考え直さなくてはならない。対話を怖がらない。私はまず、そこからだ。

 

 

 私たちは言葉を持っている。それは、争いではなく、対話することを可能にした、奇跡なのだと思うから。

 

 

今の時代だからこそ交渉を学ぶ

 

 自衛隊といえば、一昔前のイメージでは「上官の言うことは絶対」というのが当たり前。時には鉄拳制裁も辞さない組織と思われていました。

 

 

 「王様」である上官の下に何層もの「家来」である部下がいる、強固なピラミッド型の組織でした。判断するのは、ピラミッドの上層部だけでよかったわけです。

 

 

 しかし、今の自衛隊は、旧日本軍とはかなり違う、非常に洗練された合理的な組織です。いくら上官といえども、わけのわからない命令をしたり、無意味に部下の命を危険に曝すようなことは禁じられています。

 

 

 「上の偉い人が言うことに従っていればいい」という「王様と家来モデル」は、ピラミッド型の代表と思われている組織においても、とっくの昔に終わっています。

 

 

 「王様と家来モデル」というのはつまり、上の立場の人間が下の立場の人間に秩序を強要し、下の立場の人間はそれに対して反論の権利を持たない状態のことを指します。

 

 

 しかし最近になって、この「王様と家来モデル」型の秩序は、あらゆる組織で通用しなくなってきています。

 

 

 「王様と家来モデル」では、家来がいち早く状況の変化に気付いても、その情報が王様のところに上がっていくまでに長い時間がかかります。

 

 

 また、家来の人間には、基本的に判断する権利が与えられていないので、王様の判断が間違っていても実行するしかなく、その結果、さらに状況を悪くしていきます。

 

 

 つまり、「王様と家来モデル」のように指揮系統がトップダウンの組織は、必然的に状況の変化に機敏に対応できなくなり、誤った方向に向かったとしても引き返せなくなるのです。

 

 

 旧日本軍がまさにこのタイプの組織でした。多くの日本の大企業も、組織のシステム自体に問題があるために、環境の変化に対応できなくなっているように見えます。

 

 

 社会の中で真に自由であるためには、自分で自分を拘束しなければならない。だから、何に拘束されるのはよくて、何に拘束されてはいけないのか、あくまで自分で決めなければいけません。

 

 

 話し合いの相手が自分よりも強い立場にいることもあるでしょう。しかし、その強い相手に対しても、自分が合意した結果として拘束されるのであって、強制的に約束を守らされてはいけないのです。

 

 

 その合意を作り出す手段こそが、この本のテーマである「交渉」になります。

 

 

 民主主義の社会は、人々が交渉した結果である「合意に基づいた契約」を行うことで、秩序を生み出していくのが基本になります。

 

 

 ところが、時代や国によっては、そうではないこともありました。私たちが住む日本も、誰か偉い人の命令に従わざるを得なかったわけです。それは、今でも色濃く存在しています。

 

 

 しかし、もはやその「王様と家来モデル」で生きていくことは、誰にとっても困難な時代となってきています。

 

 

 これまで日本を支えてきた「頭の良い偉い人が作った仕組みやルール」が、もはや通用しなくなってきているのです。崩壊はしてないまでも、明らかに機能不全を起こしている。

 

 

 だからこそ今、若い世代の人間は、自分たちの頭で考え、自分たち自身の手で、合意に基づく「新しい仕組みやルール」を作っていかなければいけない。そのために、交渉の仕方を学ぶ必要があるのです。

 

 

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