どうすれば上達するかがよくわかる『デッサンの基本』国政一真


真っ白な画用紙の上に、鉛筆を走らせる。カリカリという心地よい足音。その軌跡が黒い線となって、私の頭の中にあるものを形作っていく。そうして生まれたのは、いかにも不格好なリンゴであった。

 

絵を描こう、と私が思い至ったのは、何も道楽によるものというわけではない。もともと私は絵が好きだったが、今はその必要に迫られて書いている。

 

絵の教室の教師を頼まれたのは、つい先日のことであった。だが、絵なんてもう数年書いていない。たしかに絵を描くのは好きだが、正しく学んでいるわけでもなく、素人に毛が生えたような程度のものである。

 

だが、教師をやるからには、自己流ではいけないだろう。正しいやり方も知っておかねばならない。私が絵の練習に四苦八苦しているのは、そういった次第であった。

 

自分が描いてみたデッサンを眺める。陰影が薄く、あまりにも薄っぺらいリンゴ。絵の対象に選んでみたはいいものの、テーブルの上にある美しい曲線を持った果実とは雲泥の差である。

 

さて、どうすべきか。デッサンの正しいやり方なんてわかるわけがない。だが、教える立場の人間があろうことかわからないなどとは、言えないだろう。早急に、しかも確実に知識を身につける必要があった。

 

となれば、習いに行くのはよくない。時間も費用もかかりすぎる。練習を繰り返す。それはもちろん必要だ。だが、自己流を何度も繰り返したところで教えられるほどの知識が身につくわけではない。ネットの情報は不確実で、信用には値しない。

 

やはり、本で学ぶ他ないだろう。幸い、近所には規模の大きい図書館がある。私は早速向かって、本棚を眺めながら、良さそうな本を探した。

 

そうしてようやく見つけたのが、国政一真先生の『デッサンの基本』という本である。

 

デッサンの本は何冊もあり、千差万別だ。その中でも、私がその本を選んだ理由は、実際に描かれた絵と解説がとてもわかりやすかったからである。

 

題材は選ばず、人間や静物、石膏像など、多岐にわたっていた。その時々によって変わる対象の特徴も踏まえつつ、実例を交えて丁寧に教えてくれる。まるで私自身が絵の先生に教えてもらっているかのようだった。

 

果ては、鉛筆だけに限らず、木炭や黒い水彩などを使ったデッサンなども紹介している。技法や、画材による線の特徴、その解説はまさに「痒いところにまで手が届く」ようである。

 

その本を読んでいると、解説された描き方を、自分自身の手で試してみたくてたまらなくなっていた。絵描きの心がうずうずと騒ぐ。私は新しい画用紙を取り出して、鉛筆を手に取った。

 

私の絵が薄っぺらい印象を受けた理由。それは、陰影が薄かったからだろう。デッサンにおいて、陰影はかなり重要であるらしい。その本でも、陰影を中心に描き込んでいく例が多く見られた。

 

本のページを眺めつつ、リンゴをよく観察しながら、縦横の線を重ねていく「クロスハッチング」という手法を使って、陰影を描き込んでいく。

 

他にも、接地面との「反射光」や果実の「ハイライト」など、学んだことを活かすことを意識しながら鉛筆を走らせる。次第に、画用紙の上に立体的なリンゴが形作られていった。

 

楽しい。ああ、なんて楽しいんだ。気が付けば、高揚感が胸中に溢れていた。そうだ、忘れていた、私はこの高揚が好きだったからこそ、絵を描いていたんだった。

 

絵の教師を勤めることや、未熟な自分の技術など、すでに忘れていた。そう、絵を描くのに上手くなければならないなんてことはないのだ。

 

何よりも大切なのは、描くことを楽しむこと。自分の想いのままに、カンバスに自分の世界を綴ること。それさえあれば、絵なんて誰だって描くことができるのだ。

 

鉛筆が止まる。ほうと息を吐いて、私は顔を上げた。つい今しがた鉛筆を走らせていた画用紙を眺める。そこにはさっきまでのペラペラのリンゴではない、本の中の実例には劣るものの、立体感のあるリンゴの姿があった。

 

 

デッサンの描き方を学ぼう

 

ふとした日常の中で、「絵が描ければいいのになぁ」と思うことはありませんか? しかし、「きっと難しいのだろう」とハナから諦めてしまっているのではありませんか?

 

たしかにうまい絵を描くのは難しいことです。しかし、絵を描くことは難しいことでなくても構わないのではありませんか? 下手でも自分の手から世界でひとつだけの作品が生まれることはとても素晴らしいことです。

 

まずは始めること。息を呑むような絵を描けるようになるにはたくさんの時間と努力が必要ですが、この本は今まで始めてみることを躊躇してきた人にもわかりやすく書かれています。

 

味わい深い線や、簡単に描かれた絵を通し、自分自身で筆や鉛筆を持ち、簡単にできるレッスン方法から絵を描く楽しみを知ってもらい、やがてはうまい絵を描けるまでになるよう導くために書かれた本です。

 

ゆがんだ線やおかしな空間を否定することなく自分の味を大切に、さまざまな絵を通して、テクニックや絵画の見方、世界の感じ取り方を学び、新たな美の価値観を発見しステップアップしていきましょう。

 

思い通りにいくことも、いかないことも多々あるでしょうが、その中でさまざまな驚きと発見を繰り返し学ぶことはきっと刺激的であるはずです。さあ、今日から憧れを目標にしてみましょう。

 

 

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