こんな日には、一緒に空想を見ることができる『空想クラブ』逸木裕


私たちは現実という鎖に縛られている。けれど、空想の中でなら。私たちにできないことなんてない。空だって飛べるし、世界のどこへだって行ける。空想の中の私たちは、どこまでも自由だ。

 

昔から私は、空想を見ることが好きだった。退屈な授業の時とか、学校の帰り道とか、いろんなときに空想をしては楽しんでいた。

 

けれど、空想と比べて、現実は厳しい。空想ばかりしていてぼんやりすることが多い私はクラスメイトたちからは距離を置かれて、仲の良い友達なんてひとりもいなかった。

 

ああ、空想が現実になればいいのに。空想の中で、私が友だちに囲まれていた。みんなが楽しそうに笑っている。でも、それは全部、わたしが目をパチンとすれば、すぐに消えてしまうのだ。

 

どうして、空想は空想のままで消えてしまうのかな。もしも空想を誰かと一緒に見ることができたなら、きっと楽しいと思うのに。

 

図書室をうろついている時、ふと、一冊の本を見つけた。逸木裕という人の『空想クラブ』という本だった。タイトルに惹かれて、思わず手に取ってみた。

 

表紙はアニメみたいな。きれいな夜空の中に眼鏡をかけた少女が浮かんでいる。その幻想的で美しい表紙に魅了されて、私は瞬く間に「読もう」と決めた。

 

吉見駿は、祖父から譲られた力のおかげで、世界のどこかの風景を見ることができる能力を身につけた。けれど、その力も次第に衰え、今ではたまに空想が現実の風景に漏れ出してくるくらいしか影響がないくらいになっている。

 

ある時、小学生の時に「空想クラブ」というグループのメンバーだった真夜が亡くなったという。けれど、彼女の葬式の帰り、会いたいと願った駿は、なんと幽霊となった真夜と再会する。

 

真夜は川で溺れている少女を助けようとして川に落ち、そのまま溺れて亡くなったらしい。彼女はその少女のことが気がかりで、その川から離れられなくなっていた。

 

駿は彼女の願いを叶えるため、仲間たちとともに、少女の行方を探す。しかし、不可解なことに、少女の正体も行方も、依然として知ることができなかった。

 

果たして、少女はどこへ消えたのか。真夜の死の真相とは何か。駿は真夜の消失を怖れながらも、彼女の願いを叶えるべく「空想クラブ」の仲間たちとともに奔走する。

 

読み終わった後は、しばらく放心していた。明らかになった真相はあまりにも理不尽で、けれど、物語の終わり方は余韻がほんのりと残る。

 

何より、魅了されたのは表紙のイラストをそのまま文章にしたかのような景色の美しさ。駿と同じく空想好きの私は、彼と同じ空想を見ていた。夜空に浮かぶ動物を。空のはるか上の、星と星の間まで歩いて。

 

それは、本を閉じた後も、しばらくは続いていた。夜空を歩きながら、私は図書室から出る。土星や木星に挨拶をしながら、カバンを持って、帰り道を歩く。

 

でも、空想もそろそろ終わり。空想を楽しむにしても、忘れちゃいけない。私たちが生きているのは、どうしようもなく残酷な現実の世界なのだということを。

 

 

空想クラブ

 

雷がとどろく。ぼくは廊下から、窓ガラス越しに空を見ていた。宮古島の空は、黒い。どこまでも大きな黒のカンバスが、一面に広がっている。

 

ぼくはそこに、空想を描いた。ぼんやりと浮かび上がる動物たちを見つめていると、口元がゆるんでくる。だって、全部ぼくの好きな動物だから。

 

「何をしてるの?」

 

隣に宮おじぃーがやってきた。宮古島のおじいちゃんなので、宮おじぃー。ぼくは首をぶんぶん振って、空を見上げた。

 

「動物を見てるの」

 

「お空に動物が見えるのかい?」

 

「見えるんじゃないよ。空想してるんだ」

 

「空想するのが好きなのかい?」

 

ぼくは頷いた。物心ついたときには、ぼくはもう空想をしていた。好きな動物や景色のことを空想して、それを眺めるのが好きだった。

 

話が終わった時の宮おじぃーは、怖い顔になっていた。

 

「これは大事なことを聞くんだけど……もっと色々なものを、見てみたいかい?」

 

ぼくは首をかしげた。色々なもの>

 

「難しく考えることはない。今のままでいいのか、もっと色々なものを見られたらいいのか、自分にとって、どっちが楽しいと思うか、考えてみてごらん」

 

「じゃあ……見えたらいい、かな」

 

よく判らないけど、そっちのほうが楽しそうだ。宮おじぃーは少し怖いくらい真剣な表情で、何かを考えている。

 

「ニ十歳のころ、おばあちゃんに合った。おばあちゃんは、不思議な〈力〉を持っていた。あらゆるものを見る〈力〉だ。びっくりしたのは、その〈力〉をおじいちゃんにくれるって言いだしたことだ」

 

「あげられるの?」

 

今日は、宮おばぁーの葬式だった。

 

「〈力〉をもらうとき、おじいちゃんはおばあちゃんと一緒に、ひとつの空想を見た。おじいちゃんも、そろそろ死ぬ。この〈力〉は、それと一緒にこの世界から消えると思ってた。でも、お前の話を聞いて、気が変わった」

 

頭を撫でられる。宮おじぃーの手は枯れ葉みたいにかさかさしていて、撫でられると気持ちいい。

 

「いまからお前に、あげよう」

 

「いまから?」

 

「こんな日には、一緒に空想を見ることができるんだ」

 

「こんな日って?」

 

「こんな、大変な日にはね」

 

雷が龍の雄叫びのような声を上げた。雨がひときわ強まって、この家が船になって荒れている海に突っ込んでいるような感じがした。

 

 

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