幽霊って、どんな感じなんだろう。誰もが考えるそんな疑問の答えを、私は自分の身を以て知ることとなった。
気がついた時、私は倒れた自分の姿を見下ろしていた。ああ、そうか、私は、もう。特に未練もなく、私は自分の終わりを受け入れた。
しかし、どうして幽霊になっているのだろう。未練はなかったはずなのだけれど。私はそんなことを疑問に思っていた。
後から先輩の幽霊から聞いたところによると、未練があった方が幽霊になりやすいけれど、なくてもたまになるらしい。
ともあれ、私はそのまま自分の身体を眺めたまま、発見されるまでそこらに座って待ちぼうけする羽目となった。
というのも、私の足から先は自分の身体にぴったりくっついて、遠くまで離れることができなかったからである。
必要以上に離れようとすると、ゴムみたいに引っ張られるのだ。なるほど、幽霊の足から先がないって言うのは、こういうわけか。私はうんうんと頷いた。
それから数日後、私は自分の墓石に座っていた。親族がこしらえてくれた、意外と立派な出来の墓石である。
もちろん、あまり離れられないから自分の葬式にも出た。自分のことを悲しむ親族を傍から眺めるのは悲しいとか、そういったのを通り越して奇妙な気分だった。
すでに近所づきあいも済ませてある。彼らはみんな悲壮感なんて微塵もなく、隣人たちと自分の最期について自慢するように語り合っていた。
ちなみに、私はトラックとぶつかったことが原因だった。それを話すと、「あー、ありがちだよね」と言われた。ちょっと悲しい。
珍しい最期だと周りから一目置かれる。同じ墓場の中のひとりは、恋人を強盗から守ったらしく、女性陣からやたらと人気があった。
つまり、幽霊はみんな生者を憎んでて、この世に強い未練を残しているとか、そんなのは生きている人たちの勝手な妄想でしかないということだ。
私も初めてそれを知った時には驚いたけれど、「まあ、いずれ慣れるよ」とのとこらしい。
成仏する方法はいまいちわからないらしい。ただ、何かそんな気分になったらいつの間にか消えているのだそうだ。
つまるところ、生のしがらみから解放された幽霊たちは生きている頃よりも生き生きしていて、楽しそうに、そして存外に適当なのである。
そんなわけで、私は今日も自分の墓石に座っているのだった。
生者と幽霊
「こんにちは」
それが私に対して向けられた言葉だと気づくのに、しばらくの時間がかかったことを言い訳させてもらいたい。
幽霊になって数年。生きている人間に話しかけられたのは、随分と久しぶりのことだったのだ。
それは子どもだった。どこか老成したような、年齢にそぐわない疲れを幼い顔に滲ませた少年だった。
「こんにちは」
「……ああ、こんにちは」
少年は視線を下に向ける。どこを見ているのだろうと思って、私の足を見ているのだと気づいた。私の、すでになくなっている足を。
「おじさんは、幽霊なの?」
私は頷いた。内心では大いに動揺していた。なにせ、同じ幽霊ならともかく、生きている人間と話すのはどうすればいいのか、私にはどうにもわからなかったのだ。
「ぼくも、幽霊になれるかな」
その言葉を聞いた時、彼が疲れた表情をしている理由がわかった。彼は疲れているのだ、生きるのに。
私は考えた。たしかに、幽霊であることは生きていた頃よりも楽しい気はする。生きることは辛く、苦しい。
けれど、それでもやはり。私は生きなければならないと思うのだ。
幽霊とは、つまり人生のおまけみたいなものだ。本番よりも打ち上げの方が楽しいに決まっている。だけど、やはり大切なのは本番なのだ。
全力で生きて、自分のできる限りをやって、全力で終わる。人生は生まれてから終わるまで、一度も止まることはない。
けれど、幽霊は止まる。永遠に止まり続けている。人生には終わりがあって、先があるが、幽霊には先がないのだ。
生きるのは辛い。いっそ終わりにした方が楽かもしれない。私も生きていた頃はそう思った時期もあった。
けれど、幽霊になって想うことはある。どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても、人は生きてこそなのだと。
辛い。苦しい。大いに結構。あまりの辛さに涙を流して、あまりの苦しさに歯を食いしばって、頭を抱えて身悶えてみっともなく最後まで生き抜いて終わればいい。
辛く苦しいことこそ人生だ。幽霊になったら、それは二度と味わうことはできないのだ。
だから、私は、少年に、言ったのだった。
蘇った王子と墓守が犯人を探すダークファンタジー
微睡むような意識の中、浮上するように緩やかにカティナは目を覚ました。手早く身だしなみを整えると、窓辺へと近づいた。
カーテンを開ければ夜の闇が広がっている。月明かりに照らされて視界に写るのは鬱蒼とした森と墓地。カティナにとっては見慣れたものである。
そんな景色を眺めていると、カティナの頭上から白く細い腕が伸びてきた。抱き着くようにカティナの首に絡まり、そしてすっと首をすり抜けていく。
シンシアは青白く灯る表情を綻ばせ、ふわりと舞い上がるやカティナの頭上で踊るように優雅に回り出した。墓石を磨いてもらえると知り、ご機嫌なのだ。
カティナとシンシアの会話に割り込んできたのは騎士のヘンドリック卿だった。シンシアは怒気を発してヘンドリック卿と喧嘩を始めた。
彼らの喧嘩は三日に一度は行われる。カティナは二人の間をすり抜け、さっさと墓石を磨いてしまおうと歩き出した。
バルテナ墓地。大国の外れにあるこの墓地は、ヘンドリックを最後に誰も葬られることなく今に至る。
カティナはそんな墓地で唯一の”生きた人間”である。そしてこの墓地を守る墓守だ。
そんな誰からも忘れられた墓地に、一台の馬車が大きく揺れながら森の中から姿を現した。
馬車から出てきたのは黒い外套を羽織りフードを目深に被った男が三人。それと、彼らの身長はありそうな黒い棺。
背が高く、三人の中でも体躯の良い男がカティナに話しかけてきた。
「後のことはすべて貴方に託す。やるべきことをやってくれ」
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