人見知りの少女が自分の運命に立ち向かう『RDG レッドデータガール』萩原規子


 私の親は少し特殊な家業をしている。先祖から何代も続いてきた由緒正しい家業である。

 

 

 しかし、それゆえに面倒なことが多かった。私は幼い頃からそれを心底嫌っていたものである。

 

 

 たとえば、今しているようなことだ。目をつぶって、よくわからない文章をぶつぶつと読み上げて、たまに手を叩いて礼をする。

 

 

 幼い頃はこの行動の意味がわからなかった。もちろん、言葉の意味もわからないし、そのくせ子どもにとっては貴重な時間がとられるのだ。嫌いにならないわけがない。

 

 

 老若男女、様々な人たちがひとつの場所で目を瞑って一斉に何やらぶつぶつ呟いているのはなんとも異様な光景であろう。

 

 

 幼い頃からそれを見ていた私はとっくに慣れてしまった。しかし、それでも胸中に湧いてくる言いようのしれない不快感はまだあるのである。

 

 

 日本特有の伝統を愛する文化が私は嫌いではない。現在の日本独特の文化があるのもその姿勢があってこそ淘汰されずに今の今まで継続しているのだ。

 

 

 しかし、家に縛られるのはいただけない。私は自らを自由人と称する。伊江は私の身を縛る鎖である。

 

 

 私は家の呪縛から解き放たれたかった。大学を離れた場所に選んだのもそれが大半の理由であった。

 

 

 私は一人っ子だ。私が継がねば家業は別の人に任せることになるだろう。何代も続いてきた我が家の家業を私が幕を閉じるのは忍びない。

 

 

 しかし、かつて苦労し、別の夢を志したものの、結局家に引き戻された父の姿を見て思うのだ。

 

 

 私はこうはなるまい。父は好ましい人物であるが、その背中は追いかけるには小さすぎる。

 

 

『レッドデータガール』という小説を思い出す。まだ読みかけだが、泉水子は家の風習を嫌っていた。家の風習に振り回される彼女の姿は見ていて悲しみを覚える。

 

 手を合わせながら私はひそかにそう誓った。私は家になど縛られず、私の人生を生きるのだ。

 

 

 だから、なあ、君は見守っていてくれるだろう?

 

 

 私は祈りを捧げている祭壇に向かって、心の中で静かに呟いた。

 

 

自分の未来を受け入れて

 

 私は読み終わった『レッドデータガール』を本棚に仕舞い込んで読後特有のぼんやりとした余韻に浸った。

 

 

 正統派の和風現代ファンタジーを読んだのは随分と久しぶりのことである。私が読んだのはそのいわゆる序章であり、ファンタジーとしての起伏は少ない。

 

 

 しかし、その代わりと言うべきか、主人公である泉水子の繊細な心情描写が緻密に描かれており、まるで私自身が泉水子になったかのようだった。

 

 

 自分の境遇が特殊であるがゆえの友人とのずれ。嫌いな男子との険悪な関係の悩み。家族からの指示に対する反発。

 

 

 誰でも抱くであろう青春の問題がこの一冊に詰まっていた。苦悩する泉水子の姿は青い果実のようで、瑞々しい。

 

 

 しかし、一方で、彼女の身に起こる非現実的な出来事の根幹は彼女の血筋に由来している。

 

 

 すなわち、彼女の一族の秘密だということである。家の事情に振り回されている彼女の姿は哀れに思える。

 

 

 しかし、私が彼女を尊敬するのは、諦めて現状に甘んじる人間が多い中、泉水子は抗おうとしたからである。

 

 

 幼い学生から見た家族は大きな存在であり、そんな彼らから逃げる思春期は少なくない。

 

 

 しかし、泉水子は逃げずに立ち向かおうとした。家族を説得し、現状を打破しようとしたのだ。その姿勢は半ば諦めてしまっていた私には眩しく思える。

 

 

 私は目を閉じて反芻する。泉水子の決意と私自身の人生とが頭の中を駆け巡っていく。

 

 

 なるほど、私は逃げようとしているのだ。ふと、背中を向けている自分に気がついた。

 

 

 逃げるのは先延ばしにしかならない。本当に人生を変えるには人生に立ち向かわなければいけないのだ。

 

 

 私の目の前に巨大な現実が立ちはだかっている。私は、その大きな影に向かって一歩を踏み出した。

 

 

自分の運命に立ち向かう少女の現代ファンタジー

 

 新学期になって日の浅い、四月下旬のことだった。

 

 

 泉水子は玉倉山にある玉倉神社の娘である。彼女は山奥にあるその家から学校まで車での送迎によって通っていた。

 

 

 しかし、彼女は不満であった。彼女は友人たちのような普通の女の子に憧れを抱いていたからである。

 

 

 長く伸ばされた古臭いおさげ髪に、飾り気のない眼鏡。車で送迎してもらっているうえ、携帯なんてすらも持っていない。

 

 

 泉水子はそんな自分を変えたいと思っていた。卒業後の進路として外津川高校の寮に入りたいと志望したのもその一環である。

 

 

 しかし、聞けば父である大成はすでに彼女の進路先である高校を決めているという。それは東京にある高校とのことであった。

 

 

 寮生活だけでも不安なのに、東京なんかに行けば友人もいないし、家族とも離れてしまう。泉水子は拒絶し、結局進路は保留という結果になった。

 

 

 翌日、彼女はずっと切らなかった髪を少しだけ切った。彼女にとっては自分は変わるのだという決意の表れだった。

 

 

 しかし、それ以来、彼女の周りで奇妙なことが起こり始めたのだ。最初はPC教室で起こった。

 

 

 泉水子はパソコンに限らず電子機器全般が苦手であった。彼女が触れると壊れてしまうからである。しかし、その日は少し違っていた。

 

 

 パソコンのディスプレイに父の顔が浮かび上がったのだ。彼と泉水子は進路の話をしていたが、何かおかしいと思い、パソコンの電源を切ろうと試みる。

 

 

 気がついた時には目の前のパソコンは真っ暗になっていた。しかし、それだけでなく、学校中のパソコンが全てショートし、データも吹き飛んだのである。

 

 

 校長室に呼び出された彼女を迎えに迎えに来たのはなんとヘリコプターであった。機体から降りたのは神社の古なじみである相楽雪政である。

 

 

 泉水子から説明を聞いた彼は、強引な手段で神社に自分の息子である深行を住まわせることにした。

 

 

 しかし、無理やり望まない転校を強いられたこの深行という少年はその原因である泉水子に辛く当たるようになったのである。

 

 

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