「こんにちは、と」
私はキーボードでチャットに文字を打ち込んだ。最初の頃はたどたどしかった指の動きも、今は流れるように文字を打てるようになった。
ディスプレイに映るのは私が最近はまっているオンラインゲームだ。容姿の整った自分のキャラが画面の中心で魔法を唱えている。
やり始めたきっかけはほんの気まぐれだった。なにか面白いのはないかなと探していて、ふとネットゲームでもやってみようかと思い至ったのだ。
それがまさか、その後数年にもわたってハマるとは思ってもみなかった。これがいわゆる、ネット廃人というのだろう。
ゲーム内での私は現実とはまったく違う。性別も違うし、性格もこんなに明るくはない。
現実で友達と話すのは苦手だった。それが、ネットになると途端に話せるようになるのは何故だろう。
今や、現実の友達よりもネットの中の友達の方が仲も良いし、多いという有様だった。それがますます現実から私を離れさせた。
別に構わない。現実が駄目ならゲームの中で生きればよい。ゲームの中の私もまた他ならぬ私で、そこは私のもう一つの人生だったのだ。
現実の自分は嫌いだった。だからこそ、ネットで理想の自分になれるオンラインゲームにこんなにものめり込んだのだろう。
私は学校の休み時間にはずっと本を読んで過ごしていた。人と話すのが苦手だったからである。
最近、図書館に置いてあった『インストール』を読んでみた。生々しい話だな、と感じて、最初は好きじゃなかった。
しかし、それ以来、それはずっと私の心に残っていた。私はもう一度、その本のページを開いてみる。
現実の私と、ネットの私
高難易度ダンジョンをみんなで攻略して、心地よい達成感と疲労感をともに、私はネットの友人たちと集まって話していた。
現実の顔も性別も知らないけれど、彼らは気心の知れた友人である。私は彼らに対して完全に気を許していた。
「あなた、本当は男でしょ」
だからこそ、私はその裏切りともいえる不意打ちに、思わず呆然と固まってしまったのだ。
言ったのは最近、加わったばかりの新人の子だった。素直で人懐っこい態度の甘え上手で、私もよくアイテムを上げたりレベル上げを手伝ったり世話を焼いていた。
そんな可愛らしい彼女から、まさかそんなことを言われようとは思いもしなかったのだ。
彼女の何気ないチャットはすぐに上へと流れていって、話題は別の、さっきのダンジョンの話題へと移っていく。
しかし、私はもう、その和気藹々とした団欒に加わることはできなかった。背中を冷たい汗が流れていた。さっきのぞくっとした恐怖が忘れられない。
彼女の純真な目がアバターを通して醜い現実の私を看破しているように思えた。私は彼女に自分のすべてを知られているという錯覚に陥った。
今まで私を受け入れてくれていた世界が、今はまったく違ったものに見えた。そこはもうひとつの人生ではない、ただのパソコンのデータに過ぎないのだ。
私は唐突にそれに気づかされた。適当に理由をでっちあげて、ゲームからログアウトする。
私もまた、『インストール』の彼女たちと同じだ。ネットの中に、現実とは違う私の存在を作り上げていただけ。
私は数年も続けてきた自分の第二の人生とも称していたオンラインゲームを、さよならと呟いてアンインストールした。
思い悩む少女が少年といっしょにチャットのバイトをする青春ストーリー
私には野望があった。テレビに出たいわけじゃないけれど、私は有名になりたいのだ。
それなのに、今、こうして毎日みんなと同じ生活をして、同じ授業を受けていていいのだろうか。
そう感じた私は、クラスの担任のナツコ先生と付き合っている光一に相談して、受験から脱落し、登校拒否児となった。
家でこんこんと眠り続けて、嫌な夢を見た後、夕方に起きた。長く戦っていたせいでだるい頭痛をした。
夕暮れに照らされた部屋の汚さがホラーで、私はごみに囲まれたまま呆然とした。私は大掃除という愉快な企画をふっと思いつく。
単なる掃除だけじゃ物足りない。全部捨ててやろう。うずうずしている体のために巨大な本棚を部屋から運び出す。
夜を越え、結局夕方までかかって、私はやっと部屋にあるすべての家具と小物をゴミ捨て場に運び終えた。あと部屋に残るのは学習机とピアノ、そしてコンピューターだけだった。
このコンピューターはおじいちゃんが買ってくれた思い出深い品物だ。しかし、電源をつけてみても突然切れて、そのまま動かなくなってしまった。
やはりもう捨ててしまおうと決意し、私はコンピューターを持ち上げた。なんとか外に出て、目的地のゴミ捨て場にやっと着いた。
廃墟の隅に私の部屋がそっくりそのまま移っていた。その途端、なんだか途方に暮れてそのまま地べたに座り込んでしまった。
落ちぶれた自分をかっこよく思いながらわくわく、私はさらに寝転がってみた。仰向けになって暮れかけの空を見上げる。
「大丈夫ですか?」
背後で突然そんな声が聞こえて私は飛び起きた。振り返ると、一人の男の子が少し遠くから私を見つめていた。
私はフリーマーケットと称してでまかせを吐き出しながら周りの粗大ごみを子供に見せ始めた。
子どもは椅子の上のあの廃品を指差して、このコンピューターを買っていいですか、と言った。
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