振り返った先に待ち受ける衝撃の結末『暦物語』西尾維新


 ふと、壁にかけられた日めくりカレンダーを眺める。白い紙にかわいらしい猫のイラストが描かれていた。

 

 

 日付は2019年の1月となっている。もう2019年も終わりが近づき、あと一か月も経たず2020年になるというのに。

 

 

 私は嘆息して、一枚ずつめくっていくことにした。どうせ捨てるのだけれど、それまでのちょっとした暇つぶしである。

 

 

 1月はただ燃え尽きていた。2018年の8月に仕事をやめ、それ以来、失業保険を受け取りながらダラダラと生きていたのだ。

 

 

 2月になっても、働く気は起こらず、ただ怠惰に何もせず過ごしていた。ブログを始めてみようとサイトは立ち上げたが、結局何も書けなかった。

 

 

 3月には失業保険も底を尽き、いよいよ家賃を払うことが苦しくなった。親によって強制的に借り家を引き払い、実家に帰らされることとなる。いわば強制送還だ。

 

 

 4月には、親の伝手で働くことになった。菓子を作る工場である。私はそこで和菓子を作ることとなった。

 

 

 しかし、その職場の人間関係に疲れ始めてきたのが5月の頃であった。もう私の身体は社会不適合者として出来上がっていたのだろう。

 

 

 6月にもなると限界だった。しかし、それでもまだ居られたのは慕う先輩がいたことと、パートやアルバイトの人たちと仲良くなれたからだろう。

 

 

 ところが、7月、その先輩も仕事をやめて、いよいよ耐えられなくなった私は仕事を放り出して逃げだした。そのまま、仕事はやめることになった。

 

 

 8月には家にこもりきり、ただ液晶を見つめているだけの生活である。楽しい反面、いつまでも続くとは思えない不安が常に頭をよぎっていた。

 

 

 9月にもなったが、続けていた副業の成果は一円たりとも出てきていない。焦燥感が胸を掻き毟るようだった。

 

 

 10月には別の手段に出ることにした。小銭程度を稼ぐことはできたものの、働いていた頃の貯金は着々となくなっていく。

 

 

 11月には稼ぎこそ少し増えたものの、それでも月々の支払いにはとても追いつかない。終わりの足音がすぐそこまで迫っていた。

 

 

 そして12月、とうとう貯金が底を尽いた。2020年は、暗澹とした暗闇に包まれている。

 

 

過ぎ去っていく時間

 

 日めくりカレンダーを12月までめくり終えた私は思わず苦笑した。猫たちが呑気に雪だるまを作っているイラストがなぜだか無性に腹立たしい。

 

 

 2019年は私の人生の中でもロクでもない一年間だった。それを招いたのは紛れもなく私自身である。

 

 

 仕事をやめて以来、私の毎日はいつだって誰かに追い立てられているかのようなものだった。

 

 

 ニートが羨ましいだとか、そんなことを言っている輩に教えてやりたいものである。あの不安感は実際になってみなくてはわかるまい。

 

 

 その生活がいつまで続くかわからない。破綻はすぐそばにまで迫っている。その足音は確かに聞こえるのだ。

 

 

 しかし、何かをしようと思ってもできない。働くということそのものが、今の私には苦痛で仕方がなかった。

 

 

 好きなことを思う存分やりながらも、頭の片隅にはいつだって黒い何かが蹲っているように思えた。

 

 

 先延ばしに、先延ばしにした結果がこれだ。細い糸を綱渡りするかのような一年間だった。

 

 

 いっそのこと、終わりにしようと考えたこともある。しかし、その無謀な勇気はどうしてもできなかった。

 

 

 先のことを考えるのは苦手だ。ただ、今を生きることだけで精一杯だった。その日めくりも、あと一か月を残すだけとなっている。

 

 

 来年のカレンダーはどうなるだろうか。最後まで日をめくることができるだろうか。未来への不安が胸中に渦巻いていた。

 

 

 私はそれを振り払うように、自分の手に握り締められた一年間を、丸めてゴミ袋の中へ放り込んだ。

 

 

暦を振り返って綴られる語られていない物語

 

 四月初旬頃、僕がどんな気持ちで通学路を歩んでいたかといえば、まあ、どんな気持ちでもなかったというしかない。

 

 

 道を歩む気持ちを。道を具体的なものだと思えていなかった。学校に通う理由を具体的に見いだせていなかった。

 

 

 いや、考えても考えても、それはまるっきり答えの出ない問題だから、とっくの昔に考えるのをやめたというべきかもしれない。

 

 

 ただまあ、自分の意志で通っているはずの高校教育を受ける生活に、抽象的な意味さえ茫洋として見いだせていないというのが、おおよその少年少女の本音ではないだろうか。

 

 

 いや、別に不満があるわけではない。迂闊にもそういうことを一旦思ってしまうと、心がちょっぴり不穏になるだけで、不満があるわけではない。

 

 

 僕なんか何もないのだが――何もない僕だからこそ。高校生であることは。学校という場所は。僕を僕として保証してくれるのだ。

 

 

 特に、取り立てて言うなら高校三年生の一学期が始まる、その直前の春休み――僕は地獄のような春休みを経験していたのだった。

 

 

 おかしなものだ。あれだけの地獄を経験したなら、平凡な日常のありがたさとか、そういうものを大切に送る僕になっていそうなものなのに、回帰した僕は、やっぱりただの僕でしかなかった。

 

 

 喉元過ぎれば熱さを忘れるように、過ぎれば地獄も忘れてしまうものなのだろうか。その件について一度、羽川に相談してみた。

 

 

「日常って言うのは、当たり前に『ある』ものなんだから。『ある』ものに、『ありがたさ』や『ありがたみ』は、感じられないでしょう」

 

 

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