私は普通になりたかった。教室で馬鹿みたいに笑っているような、そこら辺にいる普通の人間に。
私は昔から『変わっている』と言われることが多かった。私としてはみんなと何も変わらないつもりだったのだが、どうもみんなから見たらそうじゃないらしい。
つまり、ズレている、と。そういうことらしい。周りが右と言ったら私だけ左を向いて、周りが左と言ったら私だけどこも向かずにぼうっとしている。そんな子どもだった。
必然、友達なんてできない。いつだって私は輪から外れていた。当然だろう、会話がズレている人間が輪の中にいるだけで、会話の全てが解答欄のようにズレていくのだから。
結果として、私は随分と寂しい学校生活を送っていたと思う。友人もいない、ただ教室の隅でずっとぼうっとしているか、本を読んでいる日々だった。
私が好きなのは西尾維新先生の作品だった。先生の作品には普通の人なんて出てこない。誰も彼もがどこかおかしかった。
それでも、彼らはおかしなままでも懸命に暮らそうとしている。人間の社会に、馴染もうとしている。
それが私には、とても眩しく映ったのだ。だから、私は先生の作品が好きだった。自分を肯定してくれている感じがして。
それでも、だからといって、普通じゃない私自身を肯定するかと問われれば、そんなわけはない。
私は何としてでも普通になりたかった。そこらにいるような平凡になりたかったのだ。それが私自身の幸せに通ずると信じていた。
何の気負いもなく普通に過ごしている彼らが妬ましかった。普通の自分を嫌っている彼らが憎らしかった。普通であることの稀有に気付いていない彼らを見下していた。
だから、そのために、普通になるために、私は少しずつ自分のズレを直していった。歯車のズレを直すように、少しずつ、少しずつ。
まずは自分がズレていることを自覚して、どこがズレているのかを確認して、彼らの普通を観察して、会話の中で少しずつ調整していく。
その地道な作業には何年もかかってしまったけれど、ようやく私は普通になることができたのだった。
ズレていた自分を修正して、世の中で回る歯車にきれいにぴったり合わすようにして、ようやく私は異物ではなくなった。
これで幸せになれる。信じられない話かもしれないけれど、私はそう確信していたのだった。
普通でないまま歩いていく
西尾維新先生の『少女不十分』をもう少し早く読んでいたら、私の人生はまた違ったものになったのではないかと思う。
無理やり自分のズレを矯正して『普通』に直した私は、しかし、考えていたように幸せにはなれなかった。
普通になってようやく念願通りに人間の輪の中に埋没できるようになった私だけれど、だからといって彼らと仲良くできるわけではなかった。
私はあくまでも普通を装っているだけで、結局のところ、ズレを直せたように繕っていただけだったのだ。
人間の輪の外にいた私は、輪の中もそう変わらないことを知った。人間たちは輪の中でもより小さな輪を作って、誰を入れるか誰をはじくかをいつだって考えていた。
それに、ズレを無理やり矯正して普通に見せかけていた私自身にも、次第に歪みが出てきた。当然だ、本来、ズレているリズムを無理に合わせていたのだから。
普通を装うということは、私自身を偽ることであり、本来の私ではなくなることと同じだった。私を否定することだった。
みんなには『普通』のように見せながらも、もうとっくに私はボロボロだった。限界が近づいていたのだと思う。
そんな時に読んだのが、かねてより好きだった西尾維新先生の『少女不十分』だった。
それは普通でないことを肯定する話だった。おかしな人がおかしなままに幸せになってもいいのだと教えてくれる話だった。
それ以来、私は自分のズレを無理やり普通に合わせることをやめた。何年もかけて矯正した歯車を再びズレさせるのは、呆気なく思うほど簡単だった。
普通でなくても生きてもいいのだと。そのままで、自分のままでいてもいいのだと、そう認めてくれたから。
だから、私は他のみんなとズレている自分のことが、ほんの少しだけ、好きになれたのだった。
十年前、僕は少女に誘拐された
僕はその日、当時下宿していた学生用ワンルームマンションから、自転車を漕いで大学に向かっていた。
いつも通りの通学路だった。僕は一限目の講義に出席するために走っていた。距離が遠かったわけではないけれど、その間には信号が多すぎた。
そんな多くの交差点があって、交通事故が起きないのは不思議である。だから起きたのだろう。
赤信号で自転車を止めた僕の目の前で、小学生の女の子が、彼女とは比較にならないほどに巨大な十トントラックにぶつかった。
本当にそんなことが僕の目の前で起こった。救命活動に入る余地もない。この日、小さな命がひとつ失われた。現象だけを言うならそう言うことだ。
ただし、ここで勘違いされては困る。この悲劇的な事故を間近で目撃したことが、その後の僕のトラウマというわけではない。
トラックが走り抜けた向こう側。そこにもうひとり、女の子がいたのである。そもそも、あの哀れな女の子は、友達と一緒に通学していたようなのだ。
彼女たちは、ゲームをしたまま、赤信号に気付かずに横断歩道に踏み出してしまい、そのうちひとりが無残にも、というわけだ。
だが、生き残った少女が取った行動が僕の目を引いた。少女の行為が僕の身体を硬直させたのである。
女の子は、まず、自分の隣りに女の子がいないことに気付き、そして振り向き、状況を認識した。その後の行動である。
彼女は手にしていたゲームに戻ったのである。足はその場に止まったままだ。え、と思った。ゲームを続けるのか? そう思い直したが、しかし違った。
直後、少女はすぐにゲームをやめたからだ。電源を切って、ランドセルの中に戻したからだ。そしてそれから、友人のところへと、涙を流しながら駆け寄ったのである。
わんわん泣き叫ぶその子に、同情以外の気持ちを抱くことは不可能だったろう。だが僕は見てしまった。唯一見てしまった。
これがUと僕との出会いである。
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