恋人と大喧嘩をした。これほどまでに激しい喧嘩になったのは、本当に久しぶりのことである。
これは、もう駄目かも。思わずそんなことを考えてしまうほどの激しい喧嘩だった。
最初はただの相談事だった。そこから発展して、ほんの少しギスギスした言い合いになった。
そうなれば、あとはただただひどくなるだけだった。互いにエスカレートして、引くに引けない喧嘩に変わった。
それはもう、言い合いなんて高尚なものじゃない。ただの意地の張り合いである。
冷静になってみれば、ただの後悔だけが残っているのだけれど、今さらどうしようもない。
我ながら阿呆なことをしたものだ。電話越しだったからこそこんなにひどくなったのかもしれないが、電話で良かったとも思う。
あの時の私は冷静ではなかった。恋人が目の前にいたら下手すれば殴り合いにすらなっていたかもしれない。
そもそものきっかけは私と恋人とが遠距離恋愛しているということである。しかも、恋人は海外にいるのだ。
そうなると、会える機会なんてものは早々ない。互いに仕事で忙しく、連絡すら難しい時期もあった。
私も恋人も、鬱憤が溜まっていたのだろう、きっと。それが久しぶりの電話で暴発したのだ。
恋人と会いたかった。それは恋人の方も同じだったろう。しかし、それが悪い方へと傾いた。
私たちが会うには、今のまま働いていると、まず叶うことはない。しかし、仕事は互いに軌道に乗ったばかり。
二人とも今の仕事が好きなのだ。やめるという選択肢はなかった。私たちはそれを理解していた。
だからこそ喧嘩になったのだ。会いたい、でも会えない。じゃあ、どうするのか。話は平行線を行くばかりだった。
恋を選んで仕事をやめて、海外に行くか。それとも、仕事を選んで彼女とはすっぱり別れるのか。
私と仕事、どっちが大事なの。まさかそんなことを実際に自分が言われる立場になろうとは思わなかった。
若い頃の自分ならば、迷わず彼女の手を取っていただろう。それだけなりふり構わない熱があった。
しかし、社会人となった今ではそんな後先を考えない行動に対する社会からの仕打ちがどれほどのものか、よくわかっていた。
だからこそ、その二択に頭を悩ませることになったのだ。その結果がこのたびの大喧嘩である。
恋人を選ぶか、仕事を選ぶか。天秤はいつまでも拮抗して揺れているばかりで、傾くことがない。
もうひとつの選択
読み終わった『結物語』のページを閉じた。読後感に、私はほうとため息を吐く。
『物語シリーズ』は私がかねてから好きなシリーズ作品である。最近は仕事で読めなかったから、気晴らしにようやく読めたといったところだ。
登場人物に大いに共感した。彼らの陥った状況は今の私にも通ずるところがあった。
だからこそ、その結末は、私の考え方を少しだけ変えた。いや、視点が広くなったというべきだろうか。
恋人を選ぶか、仕事を選ぶか。世の中には選択を強いられるところが、どうしても出てくるだろう。
二つを差し出されてどちらを選ぶか、と言われたならば、誰もがその二つの中から選ぼうとするだろう。マルバツ問題のように。
だが、人生の選択がそんな二つだけのはずがないのだ。テストでは、二つだけの選択肢もあろうが、人生はひっかけ問題ばかりである。
どちらを選ぶかと聞かれて、選んだら答えはそのどちらでもない。そんなありふれたひっかけ問題。
人生における選択肢が二つだけのはずがないのだ。そこには、第三の選択肢というものが必ずある。
海外に行こう。だが、仕事を捨てる必要はない。今の仕事に就いたまま、海外に行くための方法を作ればいいだけの話だ。
恋人も仕事も好きだ。どちらも捨てることなんてできない。ならば、捨てずにどうするかを考えればいいのだ。
どうせ無理だからと諦めるのではない。望めば、どれだけの時間がかかってもいずれは叶うのだ。だから、粘ってみようじゃないか。
さて、まずは。私はスーツのポケットから携帯電話を取り出す。彼女の番号に電話をかけた。この時間なら、彼女は空いているはずだ。
彼女に謝ろう。そして、いっしょにいられるための方法を探すのだ。二人で。全部手に入る手段なんていくらでもあるのだから。
大人になった阿良々木暦が関わっていく怪異譚
周防全歌が人魚になったのは、高校一年生の頃だったという。本人いわく、『人魚ではなく半魚人』らしいけれど、ここは人魚で通しておこう。
大型トラックに轢かれ、用水路に落下するという不運に見舞われた彼女は、瀕死の重傷を負ったものの、『人魚の肉』を食べることで一命をとりとめたのだそうだ。
何事も代償なしでは得られない。得ることは失うことでもあり、得たものを失うことはあっても、失ったものは戻ってこない。それが命や不死ともなるとなおさらである。
将来を嘱望される水泳選手だった彼女は、それ以来、泳げなくなった。事故の後遺症でも、精神的なトラウマでもない。
回復したのちの彼女は、水に浸かれば人魚に変身する身体となったのだ。要するにそれは、生命の進化を逆行するという意味だ。
以上はすべて、初対面の時に聞いた話である。
もちろん、こちらからも僕がどのように吸血鬼となったのか――なり損なったのか、それをおおむねのところ、つまびらかにしている。
二十三歳の阿良々木暦が勤めることになったのは、そんなオープンな職場である。その名を直江津署風説課という。
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阿良々木暦は足を滑らせた戦場ヶ原ひたぎを受け止めたことで彼女の秘密を知ってしまう。彼女にはおよそ体重と呼べるものがまるでなかったのである。
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