二人の女性をつなぐ青春時代『でーれーガールズ』原田マハ


 今になってもわからない。私は彼女のことが嫌いだったし、彼女もそうだっただろう。けれど、今でも親友と聞いてはっきりと顔を思い出せるのは、彼女のことだけなのだ。

 

 

 原田マハ先生の『でーれーガールズ』を読んで、どこか懐かしい気持ちを感じた。それは岡山弁が地元を思い出させるからか、それとも鮎子と武美の過去を自分に重ねてしまったからか。

 

 

 同窓会と、母校の講演会の依頼から、高校時代を過ごした地に戻ることになった鮎子は、昔の思い出に心を巡らせる。

 

 

 今や、人気漫画家となった鮎子。彼女が依頼を受ける決心をつけたのは、武美が来るという報せがあったからだった。

 

 

 武美は鮎子の親友だった。高校時代、転校してきた鮎子の奇妙な岡山弁を、武美がからかったことから二人の関係は始まる。

 

 

 彼女たちの関係をつないでいたのは、ヒデホというひとりの男の存在だった。

 

 

 彼は鮎子の恋人だった。鮎子は彼との交際をマンガとして描いていた。そして、武美はそのマンガの初めての読者だった。

 

 

 武美は彼のことが好きになった。自分の身体に彼の名前を刻み込むくらい。鮎子は、そんな彼女にたったひとつの、小さな嘘をついていた。

 

 

 青春というものは、なんて眩しいものなんだろうと思う。彼女たちは、全身で恋して、親友同士、笑い合うのだ。

 

 

 高校の頃の友人と今も会っている人もいれば、連絡すらも取れない人もいる。私なんて、今や顔すら思い出せない連中ばかりだ。

 

 

 けれど、『でーれーガールズ』を読んで、気が付けば高校の頃に戻っていた私は、あるひとりの女の子を思い出した。

 

 

 とはいっても、彼女と仲が良かったことなんてない。むしろ、憎み合っていたのではないかとすら思える。

 

 

 クラスの中心人物で、毎日短いスカートと着崩した制服で、派手な化粧をした顔で楽しげに笑っていた彼女。

 

 

 けれど、私がより鮮明に思い出せるのは、彼女の笑顔ではなく、泣き顔だ。夕焼けの下、誰もいない教室で。

 

 

 普段は気の強そうに吊り上がっている大きな瞳に雫が溜まり、長い睫毛がきらきらと輝いていた。

 

 

 今にも零れそうな嗚咽を必死にこらえている唇はぎゅっと閉じられていて、かすかに震えている。

 

 

 彼女はきっと、あの瞬間を恥に思っているのだろう。あの時、私は彼女に嫌いだとはっきり言われた。嫌いな相手に涙を見せることを、彼女自身も予期していなかったのだろう。

 

 

 けれど、私はあの瞬間、彼女の醜く歪んだ泣き顔を見て、誰よりもきれいだと思った。あの時、彼女はひとりの少女としての姿を見せて、真正面から私に向き合ったのだ。

 

 

 もしも、かつてのクラスメイトとまた会うのなら、私は彼女と会いたかった。あの頃はとうとう叶わなかったけれど、彼女と話してみたかった。

 

 

 彼女は今、どうなっているだろうか。きっと美しい女性になっていることだろう。それとも、ひどく落ちぶれていたりもするのだろうか。

 

 

 青春はこんなにも眩しい。それは、時が経てば経つほど、夕日に照らされた彼女の涙のように、色褪せることなく美しい輝きを増していく。

 

 

かつての親友との再会

 

『拝啓、突然のお便り、失礼いたします。私は岡山白鷺女子高校で教師を務めております荻原と申します。

 

 

 あなたさまは、いまや本校全在学生の憧れの人気漫画家であられます。そんなあなたさまに、ぜひとも、記念講演の栄誉を賜りたく、ここにご依頼申し上げます。

 

 

 また、あなたさまの同窓生の皆様も、同窓会を開こうと検討しているようでございます。何卒ご検討のほど、よろしくお願い申し上げます』

 

 

 二十七年前に卒業してそれっきりだった岡山白鷺女子高校から講演の依頼がきたのは、この春のこと。速攻で断るつもりが、ふと、追伸に書かれていたひと言に目が留まった。

 

 

『アユたんのデビュー作「でーれーガールズ」が、私の人生最良の作品です』

 

 

 即座に私は、このいかにも身持ちの堅そうな国語女教師・荻原一子が、私の古い読者であることを悟った。

 

 

 老舗の少女漫画誌の新人賞に佳作ですべりこみ、デビューしたのは短大二年生、ニ十歳の時だった。

 

 

 その作品「でーれーガールズ」は、今思うと恥ずかしいことこの上ない乙女ちっくラブストーリーだ。イタイところをつかれてしまった。この人からは逃れられない、という予感がした。

 

 

 二十七年ぶりの同窓会は、岡山駅前にあるホテルのレストランで開かれることになっていた。

 

 

 前夜遅くにそのホテルにチェックインし、朝早く路面電車に乗って、鶴見橋まで行ってみた。

 

 

 この橋には、いろんな思い出がある。大好きだったあの人のことを、一番の友だちに打ち明けたのも、ここだった。橋のずっと先、この欄干の上に、あの日、あの人が座っていたのだ。

 

 

 あの人の名前は、ヒデホという。あの頃のこと、よく覚えてる。もう三十年近く前のことなのに。

 

 

 恋することは、痛い。熱くて、しみる。ほろ苦い。いや、甘い。私は身体の全部で感じていた。痛みと熱としみるような甘さとを、いっぺんに。

 

 

 誰かに話したいと思った。誰かに伝えたいと思った。だけど、引っ越し直後で友だちのいなかった私に、そうすることはかなわなかった。

 

 

 けれどあの日、思いがけず恋の話を打ち明けられる友だちが、ひとりだけ、できたのだ。

 

 

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