どうしてこんなことをしなければならないのだろう。そんなことを思いながら、ずっと手を合わせて、祈るふりをし続けていた。
私の父は祖父よりもさらに前の代からずっと続いている宗教家だった。若い頃、神の声を聴いて家を継ぎ、今は教会を切り盛りしている。
私も幼い頃から、教会に連れていかれて毎日祈る時間があった。幼い私は言われるがままに、よくわからないまま、手を合わせていた。
どうしてこんなことをしなければならないのか、ずっと疑問だった。ただ、するように言われたからしていただけ。本当にそれだけだった。
教会の切り盛りは給料が少なく、家計は母がパートで稼いでいる。私が幼い頃からずっと貧乏だった。
けれど、大人になった今でも、学生の頃も、父の仕事に殊更に反感を覚えたことはないし、貧乏であることに不満を覚えたことはない。
だからこそ、宗教に対する反感を露わにされると、私はどうにも複雑な気持ちになってしまうのだ。
私の友人は宗教嫌いだ。私の家の習慣を話すと、いかにも嫌そうな顔をして話題を逸らす。
彼だけではない。世間の人たちの多くは、彼と同じような反応を示すのだろう。
世間の「宗教」のイメージは、私も理解しているつもりだ。だからこそ、彼らの反応もわかる。
だけど、私にとっての「宗教」はつまり、父の「仕事」そのものだ。だからこそ、まるで父の仕事を否定されているようで、少し哀しくなるのだ。
今村夏子先生の『星の子』という作品がある。両親が宗教に入信して家庭が破綻していく様子を、彼らの娘の視点から見ていく。
けれど、それは悪徳な宗教から逃れる話、というわけじゃない。彼らは救われるわけではないし、親子は世間から疎まれている。物語はずっと、そのままだ。
ちひろは両親が信じている宗教に違和感を感じつつも、特に逆らうことなく従っている。
アヤシイ宗教に入信している家の子であるちひろは、学校でも疎まれていた。宗教にのめり込む両親を嫌っていた姉は家出して帰ってこなかった。
「金星のめぐみ」という水を買い続けるため、家はどんどん貧しくなったが、両親は親戚からの警告も聞かない。
物語にはずっと不穏な空気が漂い続けている。じゃあ、これはとある家族の不幸な物語だろうか。
いや、違う。私はそう思う。これはひとつの家族愛を描いた物語だ。
親戚との関係が悪化し、姉は家出し、崩壊していく家庭でありながらも、父と母はちひろを愛しており、ちひろも両親を愛している。
多くの人は彼らを宗教から救い出そうとするだろう。彼らの親戚のように。けれど、私には彼らこそが傲慢のように映るのだ。
人は誰でも何かを信じている。それは家族かもしれないし、友だちかもしれない。恋人かもしれないし、自分自身なのかもしれない。
「宗教」もまた、そのひとつだ。そしてそれは、他の誰かが否定することなんてできないものだと思う。
たとえ信じることで破綻に向かっていくのだとしても、本人たちが幸せなら、それでもいい、と。
自分の信じるもの、自分の信仰をどうするかは、本人が決めるものだ。他人がとやかく言うようなことじゃない。
この物語に描かれている家族は、多くの人には幸せには見えないかもしれない。不幸でかわいそうな家族に見えるかもしれない。
でも、私の目には。この結末に描かれている光景こそが、この物語の真実なのだと思うのだ。
宗教と家族愛
小さい頃、私は身体が弱かったそうだ。標準をうんと下回る体重でこの世に生まれ、三ヶ月近くを保育器の中で過ごしたそうだ。
父と母の話によると、退院してからがまた大変だったらしい。両親は私を抱いて家と病院の間を駆けまわる毎日だったという。
真夜中に湿疹のかゆみで泣き叫ぶ私のそばで、為す術もない両親は一緒になっておいおい泣いたのだそうだ。もちろん、全然覚えていない。
当時、母は専業主婦で、父は損害保険会社に勤めるサラリーマンだった。父は生まれて間もない我が子について抱える悩みを、会社でぽろっと口にした。
たまたま父の話を聞いた同僚のその人は、それは水が悪いのです、といった。翌日、プラスチック容器に満タンに入れられた水を、父はその人から渡された。
母はできることはなんでもすると決めていたので、早速その晩私の身体を洗った。その夜は、いつもより夜泣きの回数が少なかったそうだ。
三日目、目に見えて肌の赤みが引いていた。かゆみでむずかることが少なくなり、夜は泣いている時間より眠っている時間の方が長くなった。
父がもらってきた水は、湿疹や傷に効くだけではなかった。両親とも、この水を飲み始めてから風邪ひとつひかなくなった。
水は、『金星のめぐみ』という名前で通信販売されていた。母はまず水を変え、次いで食材を変えた。
私の湿疹が金星のめぐみのおかげで完治した話は、奇跡の体験談として顔写真付きで会報誌に掲載された。
カメラの方を向いてにっこり笑う小さな私の身体を、父と母が両側からぎゅっと抱きしめている写真だ。二人とも私のほっぺたに顔をくっつけて、幸せいっぱいの笑顔を見せている。
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