柳美里先生の作品に、『自殺の国』という作品がある。日本は自殺率の高い国だ。彼らは何を思って命を絶っているのか。その真実は、彼らの遺体が握っている。
以前から、私はいじめを原因とした飛び下りを、「自殺」と称することに違和感があった。彼らは自らの状況に悩み、苦しみ、そして逃げるように、自ら高所から身を投じる。
たしかに、彼らは自分の決断で死を選んでいる。けれど、彼らは本当に死にたかったのか。生きたかったのに、死に追い込まれたのではないのか。それならば、彼らを死に追い込んだ加害者たちは、実質、殺人を犯したとも言えるのではないか。
そんなことを思っていたからだろうか、上野正彦先生の『孤独な死体』を読んだ時、その考えに感銘を受けた。先生は、子どもや高齢者など、いわゆる「弱者の自殺」に対して疑念を抱えていたという。
自殺は他殺。それが、先生の辿り着いた言葉である。自分自身の意思で命を失う行為に出たかどうか。遺書があるかどうか。警察はそういった状況証拠によって判断するが、事実はそう単純ではない。
DVやいじめによる暴力から逃れるために命を失う選択をするのは、果たして自殺なのか。暴力を振るって死に追いやった彼らは、殺人の罪に問われることはない。
「死人に口なし」とも言うけれど、生きている人はしばしば嘘をつく。死者はそれに対して真実を訴えることもできない。死の責任から逃れるために家族や加害者がついた嘘は、真実を歪曲し、死者の人権を傷付けてきた。
推理もののドラマを見ていて、いつも疑問に思うことがある。犯人が明らかになった時、彼らは殺人の理由を語ることが多い。けれど、その多くは、被害者が「悪人」とされるような真実である。
それを見て、視聴者は「ああ、こうなっても仕方のない人だったんだな……」と思うわけだ。息を吐く人もいるかもしれないけれど、私は寧ろ、より不愉快になることが多かった。
それはさながら、死人に鞭打つような行いではないだろうか。「悪」だから被害者になっても仕方がない。恨みを買っていたんだから。そんな言い訳じみた声が聞こえるような気がする。
「死」は、その人の全てが失われる行為だ。それを相手に強いる行為、すなわち「殺人」は、相手がどんな人であろうとも、許されることではない。
法律上、自殺かどうかは、関係がないのだ。自ら命を絶つということは、その人は何かを苦にしていたということになる。それはいじめかもしれないし、DVかもしれない。あるいは、職業上の苦悩かもしれない。
加害者は常に存在する。仕事での悩みを苦にしたのなら、「社会そのもの」が加害者になる。だけど、悲しいかな、社会は死者に対しての扱いは冷酷だ。加害者を守るために、死者を貶めることも厭わない。
学校や会社が、加害者を守るために嘘を重ねるのは珍しくない。「いじめなんてなかった」「業務規定通りの仕事をさせていた」面倒ごとを避けるため、あるいは保身のために、彼らは平然と嘘をつく。
監察医は、死人の声を聞く仕事だ。遺体は彼らの悲鳴を雄弁に語ってくれる。作中には、遺体に残された痕跡から嘘が暴かれたケースがいくつも記されていた。
孤独な死体。その遺体の、最後の叫びとは何だろう。彼らは何を訴えたかったのか。私たちは、その声を聞き入れなければならない。それがたとえ、自分自身に痛みを伴うものであったとしても。それこそが、彼らを送り出すための、せめてもの手向けになるのではないだろうか。
遺体の声を聞く
「おかあさんといきます」
ノートの切れ端には、まだあどけない子どもの文字で、はっきりとこう書かれていた。それは母子心中の現場で、母親と小学生の男の子が書いた遺書がそれぞれ一枚ずつ残されていた。
母親や父親と年端のいかない子どもの心中事件では普通、大人は自殺、子どもは他殺として扱われる。この事件も、子どもは他殺体として検死を行うつもりだったのだ。ところが、警察官は次のように言ったのである。
「遺書がありますから、子どもも自殺ですね」
そのとき、私の中で起こった疑惑の念は、今もまだ胸の中で強くくすぶり続けている。この子どもは、自分の意思で死を選んだのだろうか。
そのような遺体を見ていると、「そうじゃない。私の死んだ理由はこうなんだ」と、彼らの強い訴えが聞こえてくることがある。
なぜ、このような悲しい出来事が起こってしまうのか。彼らはどうして自らの命を絶とうと思ったのか。その背景には、彼らを死に至らしめた本当の理由が見え隠れしている。
本書では、法医学の基礎知識や、監察医の体験した特異なエピソードを紹介するとともに、深刻化する子どもや高齢者の自殺、過労死、虐待死、介護や孤立死の問題について考えていきたいと思っている。
現代の日本社会には、人を死へと追い詰めるどんな原因がひそんでいるのか。もしかすると、自分も知らず知らずに誰かを追い詰めているのではないか。社会に追い詰められずに生きるためにはどうしたらいいのか。
遺体を検死し、解剖して本当の死因を割り出したところで、遺体が生き返るわけではない。しかし、監察医の仕事は、死者の人権を守るとともに、今を生きている私たちがより健やかな生活を送るための手がかりになるはずのものなのだ。
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