心に刻まれた350冊の本『物語の海を泳いで』角田光代


高校生の頃、すでに物語の世界に耽溺していた私の夢は、本棚に潰されて死ぬことだった。本に埋もれて命潰えるのならば本望だと、半ば本気で願っていたのである。

 

かつては重みで軋んだ本棚を愛用していた私であるが、ひとり暮らしをしている今の部屋に本は一冊もない。精々、図書館で借りてくる十五冊程度の本が入ってはなくなっていくだけである。

 

考え方が大きく変わったのは、やはり引っ越しがきっかけだった。私の所持品などはほとんど本しかなかったにも関わらず、その量は膨大で、箱に詰めるのすら随分と難儀した。

 

その時期にちょうどミニマリストの本を読んで、私の考え方は変わったのである。今では、できる限り読書は図書館の本を借りるだけにして、幾多もの本は売るか実家に置いてきている。

 

そんな経験をした私ではあるが、実利的な一面を差し置いておくと、やはり本に囲まれた生活というのは魅力的である。まさに読書家の夢ではないだろうか。

 

『森に眠る魚』や『八日目の蝉』を書いた角田光代先生のエッセイ『物語の海を泳いで』を読むと、いっそう憧れが強くなった。

 

その本は、先生が今まで読んできた本の中から、絵本、漫画、小説、エッセイを問わず感想や紹介をしていく一冊である。作中で語られている本の数たるや、ゆうに350冊。

 

その中で、先生の家の様子が綴られた一節がある。どうやら先生の家には、夫のものと合わせても、家のそこら中に本があるようになっているのだという。

 

トイレ、風呂、寝室、台所、洗面台……。そんなところに、というところにまで本がある。そんな家を想像するだけでも心が踊る。

 

その豊富な読書遍歴こそが、先生の広範にまで枝葉を伸ばす想像力の源流になっているのだろう。その一角が、この本では紹介されているのだ。

 

好きな本について語る先生の言葉には、印刷された均一な文字越しにも伝わってくる熱意が込められている。思わず「読んでみようか」と呟くことも何度となくあった。

 

驚くべきは、そのジャンルを問わない雑食ぶりである。私も本のジャンルをある程度選んでいない自覚があったが、先生の読書はそれよりもさらに多岐にわたっている。

 

とはいえ、先生のような本に囲まれた生活に憧れを持ちながらも、私自身は先生と同じようにするつもりはなかった。

 

その人にはその人それぞれの読書遍歴と読書のスタイル、選ぶ本の自由がある。ならば、それを無理やり相手の言う規格に合わせているのは道理にかなったことではない。学校と同じである。

 

小学生、中学生から高校生までの頃、私は小説を読んでばかりいた。ビジネス書や実用書を読むようになったのはつい最近のことだ。

 

読書に没入していったきっかけとなったのは、『シートン動物記』だった。今でももう一度読みたいくらい。動物が主軸の話に入り交じる、ドラマ性がたまらなく好きだった。

 

図書室の、あの静謐でどこか迷路のような、整っているようでそうでもない、あの感じが、私の頭の中には今も残っている気がする。思えば、その雰囲気に、私は心惹かれたのだ。それが始まりだった。

 

学生ではなくなった今、私はよく図書館をうろうろとしている。無数に立っている本棚に広がっている海を泳ぐのを、何より楽しみにしながら。

 

 

どこにでも本がある生活

 

どこにでも本がある。昔からだ。風呂場にもトイレにも寝室にも本がある。活字中毒だからではない。読むものがないと、退屈なのだ。

 

いちばん大きな本棚は寝室にある。ここには、ひとり暮らしをはじめてから持ち歩いている本から、仕事とは関係のない趣味の本が入っている。

 

ベッドサイドにも本がある。もうひとつ大きな本棚は夫のもの。本が積んであるのが、ダイニングの椅子。来客用の椅子二脚が本置き場になっている。

 

台所にあるのは、おもにレシピ本である。洗面台もちょっとした本置き場になっている。それからトイレにも本はある。

 

それからいちばん忘れてはいけないのが、鞄のなかの本。鞄に本を入れ忘れたまま出かけ、そのまま用もなく仕事場と家の往復ならいいが、電車に乗って打ち合わせにいく用があったりすると、悲惨なことになる。

 

ともかく本が多いので、引っ越しのとき文句を言わない引っ越し屋さんはいなかった。本棚を作ってもらうときでも、地震が来ても本棚につぶされないよう、倒れない構造にしてもらった。

 

私は書庫に憧れたことがない。いっそ本がぜんぶ本棚に収まれば、うちも少しはすっきりとするだろうと思いはするが、書庫のような部屋にすべての本を収納するのには抵抗がある。

 

ひとつには、やはり、きちんと収めると読もうという気持ちを忘れてしまう、という自身の性質のゆえだ。そして気軽に読みたいという気持ちもある。

 

いちいち本置き場に本をとりにいくのではなく、さ、読むか、というときに、手の届くところに本があってほしい。まことに雑な本置き場で、雑ぱくな読み方だが、数えきれないくらいの本に助けられて生きてきたなあと、ふとしみじみ思ったりする。

 

 

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