宇宙の奇々怪々な生き物たち『宇宙衛生博覧會』筒井康隆


「こぶ天才」という小説がある。筒井康隆先生の『宇宙衛生博覧會』という短編集に収録されている作品のひとつである。

 

「蟹甲癬」「顔面崩壊」「関節話法」「最悪の接触」「ポルノ惑星のサルモネラ人間」など、奇妙な地球外生物が数多く登場するこの短編集の中でも、その「こぶ天才」は私の中に強く残った。

 

この作品の中で主題となるのは、ランプティ・パンプティと呼ばれる虫である。虫といっても、甲殻類に近いものであるらしい。

 

この生物は人間の背中に寄生し、人間の脳の機能を飛躍的に向上させる効果があるのだという。十歳以下の子どもであるほど効果が高く、その時期からランプティ・パンプティを背負うと天才になる。

 

作中の社会では、すでに多くの企業でランプティ・パンプティを背負った人の姿が見えるようになっている。背中に瘤が突き出た醜い姿は羨望の的となっており、瘤があるだけで優れた人間だという証左になる。

 

しかし、小説の終盤では様相が変わっている。ランプティ・パンプティを売っていた業者は廃業していた。なぜかというと、ランプティ・パンプティが売れなくなったからだ。

 

瘤を持った天才たちは知能が高くなるにつれてプライドも高く、他者との諍いが絶えなくなった。また、醜い容姿から異性との交際もうまくいかない。

 

彼らの行き場のない憤りはランプティ・パンプティを背負わせた親や業者に及び、凶悪な暴力事件が後を絶えない有様となっている。

 

企業は頭がいいが軋轢の絶えない彼らよりも、瘤のない普通の人たちを重宝するようになり、天才瘤を持つ人間たちは社会から見捨てられた。

 

この作品を読むと、私は、学力主義社会、ひいては安易な手段で確実な結果を得ようとする現代社会の風潮への警鐘に思えてならない。

 

科学が発展していくにつれて、社会はますます「いかに早く、いかに良い結果を出せるか」という効率重視に傾倒してきた。その過程は短ければ短いほどよく、簡単であればあるほどよい。

 

しかし、果たしてそれでよいのだろうか。私たちの歴史はいつだって、一歩ずつ、ゆっくりと確実に踏み締めることで刻まれてきた。現代は、その過去の先人たちの地道な一歩を、軽侮するような流れにあるように思う。

 

「こぶ天才」の作中で、子どもに瘤をつけさせようとする母親と、嫌だと駄々をこねる子どもが登場する。母親は子どもの頬を張り、「いずれ感謝するようになる」と言い含めて瘤をつけさせるのだ。

 

だが、母親は、自分が瘤をつけることを断固として拒絶する。その身勝手な姿は、現代社会の親の姿がどこか重なるように思う。

 

私たちは効率を求めるあまりに、過程の大切さを忘れてしまった。だが、没落していったこぶ天才たちのように、いずれその報いを受ける時が来るのかもしれない。

 

 

不思議な生物たち

 

虫である。虫といっても地球でいう昆虫とはだいぶ違う。体長が、小さいやつで約ニ十センチ、大きくなると三十センチくらいになるから、むしろ甲殻類といった方がいいかもしれない。その名はランプティ・パンプティ。

 

「ランプティ・パンプティがほしいんだがね」その日も中年の男が店にやってきて、おれにそういった。服装を見るとうだつのあがらぬサラリーマン風である。おれはかぶりを振った。

 

「駄目だだめだ。あんたが自分で背負うっていうんだろ。中年になってからランプティ・パンプティを背負っても効果はまったくないんだ。少なくとも十歳以下の子どもじゃないとね」

 

あんたみたいな人は始終やってくるから、おれはよく知ってるんだ。なんなら、あんたがなぜここへ来たか言ってやろうか。

 

あんたの会社にもランプティ・パンプティを背負った社員がいる。あんたよりも若い社員だ。ランプティ・パンプティの機能が発見されたのは十五年ほど前だからね。

 

しかもそういう若い社員は天才的な頭脳を持っている。そいつらがどんどんあんたを追い越していく。あんたの将来の地位を横から奪っていく。

 

ランプティ・パンプティを背負っているやつが羨ましい。そこであんたは格好だけでもそいつら天才と同じスタイルになって他人を威圧したいと思い始めた。

 

たとえ頭の中身は今までと変わらなくても背中に瘤があるだけで人はみな尊敬してくれるはずだ。それでここへ来た。そうじゃないのかね。

 

で、そういった連中がランプティ・パンプティを背負った後にどういう運命をたどったかも教えてやろうかね。

 

なるほど背負った当座は皆から注目される。初対面の取引相手から信頼され、社内でもいい仕事がもらえる時もある。ところがいい仕事というものは、難しい仕事であることが多い。仕事の量も増える。

 

そこで失敗する。なんだあいつは、ということになる。天才瘤を背負っていて凡庸であれば背負わぬ前は馬鹿であったに違いないと思われ、以前よりも見下げた眼で見られる。

 

ランプティ・パンプティを背からおろそうとしても、ランプティ・パンプティは背負った数時間後から背中の組織と有機的に癒着してしまい、もはや離れない。

 

人間に寄生している限りランプティ・パンプティが死ぬことはないし、そいつは宿主が死ぬまで宿主の老廃物、つまりそいつにとっての栄養を吸収して生き続けるんだ。

 

 

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