向き合ってこそ友情が生まれる『ネバーランド』恩田陸


 私はかつて、罪を犯しました。決して許されない、許されてはいけない罪です。けれど、私は裁かれることなく、この時まで生きてきました。

 

 

 懺悔は神父やシスターにするものでしょうか。ですが、はたして彼らに罪を告白したところで、何が救われるというのでしょう。

 

 

 だからこそ、私は教会ではなく、あなたに懺悔することにしたのです。もっとも私に近しい、あなたに。

 

 

 懺悔と聞くと、私が思い出すのは恩田陸先生の『ネバーランド』です。学生の頃に読んで以来、ページが擦り切れるほど繰り返し読んでいたほどのお気に入りの作品でした。

 

 

 ネバーランド、といえば、ピーターパンに登場する「大人のいない国」が思い浮かびますね。作中における松籟館は、まさしくネバーランドだったのでしょう。

 

 

 子どもと大人の間を揺れ動く青少年たちは、大人が考えているよりもずっと、物事を考えて、迷い、苦悩し、秘密を抱えているのです。

 

 

 年末、男子校に併設されている学生寮「松籟館」には、四人の少年が集まっています。

 

 

 クリスマス・イブの夜、集まったひとりである統は、おもむろに懺悔大会をしようと言い出しました。

 

 

 統の、想像を絶する告白から、数日、彼らは狭い部屋で、顔を突き合わせて、互いのトラウマを三人に明かしていくのです。

 

 

 秘密の告白は、するのにも、されるのにも、互いに日常では比肩するものがないほどの恐怖や緊張を強いられることになります。

 

 

 気になる子に告白するのも、胸の鼓動が動機を訴えるでしょう。イタズラの真相を告白する時には、びくびくと怯えるかもしれません。

 

 

誰もが何かしらの秘密を抱えているものです。それがどれほどの公明正大な人間であったとしても。心の片隅に、必ず誰にも明かせない真実の姿を持っています。

 

 

 しかし、秘密の告白は、両手を広げて自分自身の全てを差し出すことも同じこと。それは相手を信頼しているのだという、何よりの証となります。

 

 

 告白は、相手との関係をより深めることができるのです。二人の間がどんな関係だったとしても、秘密は一歩、その関係を深める手段でもあります。

 

 

 と同時に、自分の心を軽くしてくれます。秘密は重い十字架であり、口にすることで初めて、私たちはその重荷を相手にも分けることができるのです。

 

 

 私は告白することが苦手です。その瞬間に味わう恐怖も耐えがたく、また、相手に私の秘密を無為に背負わせることも申し訳なくなるのです。

 

 

 本当は、この秘密も私ひとりが墓の下まで持っていくつもりでした。それを、こうしてあなたに背負わせることになってしまったことをお許しください。

 

 

 せめても手紙という形にしたのは、私たち互いの精神的な負担を減らすためです。知りたくなければ、ここで手紙を破り捨てていただいても構いません。

 

 

 とはいえ、あなたはきっと、読んでくれるであろうと私は確信しております。だからこそ、あなたを選んだのですから。

 

 

四人の少年の秘密

 

 美国が暮れに松籟館に残る決心をしたのは、別に大層な理由があったわけではなかったが、寛司が残ると聞いたのもそのひとつであることはたしかだった。

 

 

 松籟館は、このド田舎の伝統ある男子校の一角を占める古い寮である。二階建ての木造家屋は、ゆうに築三十年は経過しており、外観は厳めしく老獪な表情を見せている。

 

 

 瞬きをすると、踊り場の下の暗がりの中に光浩が立っていた。この男も同級生であり、松籟館の居残り組のひとりである。

 

 

「佐々木さんから鍵預かってきたんだ。買い出し行くんだけど、いっしょに行かない?」

 

 

 依田光浩は、温和で気の回る男なのに決して女々しくはないという重宝な男である。光浩と向き合うと、いつも身体のどこかが緊張する。

 

 

 幾つか無人の駅を通り過ぎて、電車はターミナル駅に着いた。人々が当たり前の顔をして当たり前に行き来する姿に、なんとなく現実に引き戻されたようでホッとする。

 

 

「あれ、統じゃないか」

 

 

 足元に食料とケーキを置き、並んで雑誌を立ち読みしていた二人は、本棚の隙間から向こうを覗き込んだ。やがて、振り返った統は二人を認めると、パッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。

 

 

 小柄で童顔の瀬戸統は通学組である。クラスは違うけれど、クラスを越えてあちこちに出没するのでみんなに知られている。

 

 

「あれ、菱川、お前も今年は残留組なの? へえ、いいなあ、みんなでクリスマスかあ。俺、あとで行くよ、松籟館ホテル。あ、ケーキも俺の分、とっといてね」

 

 

 統は早口にそう言うと、ニコニコ無邪気に笑いながら、手を振ってパッと駆け出していく。

 

 

 松籟館に着く頃には、辺りは真っ暗だった。ガラス戸を開けると、すっかり寛いでいる寛司が出迎えた。

 

 

 三人で鍋を囲んで、戸締りをしようと立ち上がる寛司を、光浩が唇に人差し指を当てて制した。

 

 

「足音しなかったか?」

 

 

 途端にギイッ、という床板の音が部屋の外に聞こえ、三人はハッと身体を凍らせた。明らかに誰かがいる。

 

 

「手を上げろ!」

 

 

 バットマンのお面がぬうっと現れた。手にはピストルが握られている。三人が絶句していると、お面をぐいと上げて、ニコニコした統の顔が現れた。

 

 

 統が三人に袋叩きにされたのは言うまでもない。美国が混乱している間に、統はテーブルに着いてがつがつと雑炊をかきこんでいた。

 

 

「今夜はクリスマス・イヴだ。俺んちはクリスチャンなんだ。たぶん、俺、懺悔したいんだと思う」

 

 

 突然、統が改まった声になったので、他の三人は統の顔を見た。いったいこいつは何を言い出すのだろう。美国は寛司と素早く顔を見合わせた。光浩はかすかに笑った。

 

 

「よし、聖夜にふさわしく、統の望み通り懺悔大会といこう。ただね、俺重いものを背負わされるのは嫌なんだ。だから、ひとつだけ嘘を混ぜてほしいんだ」

 

 

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