乱世を生き抜く悪童たちの生き様『応仁悪童伝』木下昌輝


日本はかつて、乱世であった。国の体裁は保たれず、多くの戦国武将たちが覇権を巡って争っていた。しかし、もっとも荒れ果てた時代はいつかと問われれば、室町時代末期、戦国時代を迎えるきっかけとなった「応仁の乱」の頃だと答えよう。

 

応仁の乱は、細川氏と山名氏が東軍と西軍に分かれ、覇権を争った末に起こった戦である。京都市中を戦場としたために京都が戦火に呑まれ、幕府の権威の失墜が決定的なものとなった。

 

歴史の上でも日本史の分岐点と言えるほど重要な出来事だった「応仁の乱」だが、歴史の上ではほんの数行と、被害者の数字を記すのみで終わる。

 

荒れ果てた時代の悲劇を一身に受けることになるのは、いつだって女や子どもだ。しかし、彼らの悲劇は歴史において記されることもなく、ただ数字の中のひとつに含まれるのみ。いや、その数にすら含まれないかもしれない。

 

木下昌輝先生の『応仁悪童伝』は、「応仁の乱」を背景に、運命に翻弄される二人の少年が、生き抜いていく物語である。

 

姉が無実の罪で罪人とされ、生き別れることとなった一若と、絵の道を志している美しい上稚児の熒は、堺で出会い、友人同士となった。

 

しかし、熒が大人の醜い欲望の餌食となり、世を憎んで寺に火をつけたことをきっかけに、二人は堺を出ていくこととなった。

 

熒に放火の罪をなすりつけられた一若は再び堺に戻るために金を集めることに。熒は世の中を憎悪して滅茶苦茶に壊すことを目的に、それぞれ動き始める。

 

「悪童」とは、悪戯ばかりして、大人の手に負えない子どものことを指す。作中の一若や熒は、まさしく大人すらも翻弄する悪童であろう。

 

しかし、彼らが「悪童」だというならば、大人はまさしく「悪」そのものである。いっそ、乱世を生き抜くためには、彼らは「悪童」にならざるを得なかったのだ。

 

大人たちの醜悪な欲望、権力争い。いつだって大人の勝手な思惑や事情に、子どもたちは何も知らされないままに巻き込まれる。それは現代ですらも、何ら変わることがない。

 

大人の言うことを聞かぬから「悪童」。だがそれは、彼らから見た大人が言うことを聞くに値しないからではないのか。大人は果たして、子どもたちに誇ることができる生き方を、できているのだろうか。

 

「悪童」は、自分たちの足でしっかりと立つことができる、そんな子どもたちだ。『応仁悪童伝』の一若や熒のように。

 

現代の子どもたちは、親の言うことをよく聞く「いい子」ばかりだ。真面目が美徳とされ、親に逆らわず、我儘を言わない、親にとって都合がいい子どもたち。

 

大人たちの思惑に振り回されることなく、自分たちの人生を自分で決める逞しい「悪童」たちは、現代では姿を消してしまった。

 

私はそれが良いことだとは思わない。ただの大人のお人形と化した子どもたちの内面は、さながら膨らみきった風船のように、今か今かと破裂の時を待っているようにも感じてしまう。

 

現代では、戦というものは起こらない。飢えるものもないし、戦火に見舞われることもない。けれど、現代もまた、形の異なる乱世なのだと、私は思ってしまう。

 

 

悪童たちの生き様

 

天照大神、春日大明神、梵天、帝釈天……文字をほとんど知らぬ一若にも、神官が頭上に掲げた起請文にありとあらゆる神々の名前が記されていることがわかった。

 

「これより落書裁きを行う」

 

厳かな神官の声に、村人たちの体が強張る。幼い一若の目から見ても、異様な緊張が漂っていた。篝火が熱く、時折灰が目に入る。手でこすると、姉のお輪が手拭いで拭ってくれた。桜色の花弁の紋様の入った手拭いだ。

 

落書裁き――三犯と呼ばれる放火、殺人、盗みの重罪を犯した下手人が見つからない時の神事だ。村人たちが、犯人と思う人物を札に書く。それを神官が集計し、有罪の人間を決める。

 

集められた札は折りたたまれ、三方の上に山積みにされた。神官が御幣を厳かにふり、祝詞らしきものを唱える。

 

「まず、一枚目、実証の札で――お輪」

 

耳を打った神官の言葉に、一若の体がびくりと反応する。

 

「つづいて、これも実証で……お輪」

 

神官が次々と札を開き、名を読み上げる。二枚に一枚は、お輪の名前だった。ち、ちがう、と叫んだつもりが声にならなかった。お輪は下手人ではない。次郎が亡くなった夜、姉は一若と一緒に俵を編んでいた。

 

「さあ、次の札は――」

 

誰かが乱暴に一若の腰に腕を回した。無理矢理に抱き上げられる。見ると、お輪だった。一若の見る風景が激しく揺れ出す。お輪が走っているのだとわかった。

 

「ど、どこへいく」「逃げるのか」「やっぱり、お輪が実犯だ」「罪人を捕まえろ」

 

村人の声には、殺気と狂気が過剰に籠もっていた。逃げるお輪と抱きかかえられる一若に、怒号が飛んでくる。黒いものがいくつも飛来した。ひとつが一若のこめかみに当たり、衝撃が頭蓋を揺らす。

 

次々と石を投げてくる。とうとう姉が倒れた。一若をかばったのか、礫のほとんどをその身に受けているではないか。手を差し伸べて、全力で起こす。その間も、礫は雨のように投げつけられていた。

 

 

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