また騙された!『invert 城塚翡翠倒叙集』相沢沙呼


どうしてミステリ小説なんてものを読むのか。ミステリ嫌いの友人が、そんなことを聞いてきたことがある。はて、僕はなんて答えたのだったか。

 

どうしてかといわれても、小説を読むのにおもしろいから以上の理由はないだろう。その友人も小説は好きだが、とはいえ僕が読んでいるのがミステリばかりだと言えば、不思議がるのも無理はないかもしれない。

 

ミステリの系譜はすでに無数に枝分かれし、書店に並ぶ本棚にあるのもその多くがミステリ小説だ。他の要素が入り混じりつつも、昨今の小説にはそのほとんどにミステリの要素が入っている。

 

しかし、中でも僕が好んでいるのは、ミステリの系譜の中でも古い、古式豊かな、いわゆる探偵小説というやつである。

 

シャーロック・ホームズに始まり、エルキュール・ポアロ、エラリー・クイーン、明智小五郎、金田一耕助……。

 

名作と呼ばれる探偵小説は、どこかリアリティがない。いや、もちろん小説である以上はフィクションであることは当然なのだが、それ以上に。

 

探偵と犯人の頭脳ゲーム。そういった方がいいだろう。彼らの対決はどこまでも作り物めいている。探偵は謎解きを楽しんでいるようであり、犯人もまた、探偵との対決を楽しんでいる。

 

彼らの間にはドロドロとした憎しみがないのだ。だからこそ、僕はかつての探偵小説が好きだった。彼らは敵同士でありながら、その間には相手の頭脳への尊敬すらも感じられる。

 

最近の小説には、あまり見受けられない。探偵は事件の真相を解くことに躍起になり、犯人は断罪から逃れようと必死になる。フィクションより現実に近しくなってしまったそこには、いわゆる美学がないのだ。

 

最近、僕が読んでいるのは、相沢沙呼先生の『invert 城塚翡翠倒叙集』という作品である。一作目の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』がおもしろくて、続きがあると知って手に取ってみたのだ。

 

『invert』は、霊能力によって事件を解決すると言われている探偵、城塚翡翠を主軸とした短編集だった。

 

助手となる人物の視点から描かれた一作目とは異なり、犯人の犯行が描かれた後に、探偵による調査と犯人とのやり取り、そして解決へと導かれる流れは、まるで古畑任三郎を思い出させる。

 

読者には最初から犯人がわかっていて、そのトリックを探偵がどのように打ち破るのか。犯人がわかっているミステリか、と最初は思ったものだが、これがなかなかにおもしろい。

 

翡翠の言動はどこか芝居めいている。それはさながら読者に語り掛けているかのようだ。彼女の挑戦状は、何も考えず犯人を言い当てるのを待っている読者に、「考える」という行為を与えてくれる。

 

作中で、城塚翡翠はこう言っている。「考えることを放棄してはならない」と。それは、ミステリ小説そのものからの、読者への啓蒙のようにすら感じられた。

 

ああ、そうだ。どうしてミステリ小説を読むのか。その問いに僕は、「騙されたいから」と答えたのだった。

 

ミステリ小説は、ただ意外な犯人が見つかるだけじゃいけない。予想もできなかった犯人と、想像にもつかないトリック。それによって、騙される快感。

 

誰が犯人で、どうやったのか。次第に集まっていく推理の情報を糧に、真相が何か、考える。そしてそのうえで騙される。それは、ミステリでしか味わうことができないカタルシスだ。

 

僕はその快感が忘れられなくて、今もなお、ミステリを読み続けているのかもしれない。城塚翡翠には、その魅力がある。かつての探偵にもよく似た、魅力が。ああ、また、騙された。

 

 

きっとあなたも騙される

 

「どうしても、考えを改めてくれる気はないのか」

 

僅かばかりの希望を抱きながら、狛木繁人は静かに訊いた。こちらの声は、震えてしまっていたかもしれない。だが、吉田直政はそれに気づいた様子もなく、キッチンでの作業を続けながら答えた。

 

「なんだ、そんなことを言いに来たのか」

 

どこか鼻で笑うような、そんな調子の声だった。吉田が質問に答える気配を見せなかったので、狛木は苛立ちを抑えながら、仕方なく別のことを口にした。

 

「すごい臭いだな。いったいなにを作ってるんだ」

 

「漢方薬だよ。誰かさんのせいで未だに脚が痛むからな」

 

狛木は押し黙った。吉田が訴えるその脚の痛みの原因には、狛木にも責任の一端がある。そう、すべては、あのときに始まった。

 

あのときから自分の頭上には、分厚い雲が立ち込めていて。それはひとときも晴れることなく、狛木の人生に暗い影を落とし続けていた。だが、それも、今日までだ。

 

狛木は怒りをぐっと堪えながら、ポケットから取り出したスマートフォンで、時刻を確かめた。十九時五十八分。ここまでだ。すべての我慢は、今日このときまで。

 

足元に置いたリュックから、重いレンチに薄手のウレタンシートを巻き付けたものだ。

 

「吉田」

 

「うん?」

 

キッチンへ戻ろうとしていた吉田が、呼びかけに振り向く。狛木は勢いよく、掲げた凶器を振り下ろした。

 

 

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霊能力がある貴方様におすすめの作品でございます。

 

 

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