喫茶店の奥の席で、静かにコーヒーを飲む。その席にいるのは私だけ。ひとりでいると、こんなにも穏やかでいられることを、私は今まで知らなかった。
昔から、友だちと一緒じゃないと何もできないような性格だった。いつも誰かの後ろをついてまわり、ひとりになると途端に不安になった。
家に帰ってからも、ずっとスマホで話していた。メッセージが来ないと、不安で仕方がなくなる。昨日見たテレビの話や、人気のアイドル、他愛ない話を友だちとしている時が一番楽しい。
クラスに一人、いつもひとりの子がいたのを、今でも覚えている。教室の隅っこにぽつんと座って、彼女の周りには見えない壁があるかのように誰も近づかない。
彼女は教室の喧騒なんて見えていないみたいに俯いて、ずっと本を読んでいた。そんな寂しい姿を見て、ああいうふうにはなりたくないといつも思っていた。
小学校、中学校、高校、大学と、私はいつも友だちと一緒の学校生活を過ごした。それが変わったのは、就職してからのことだ。
私が就職した職場は同性が少なく、話し相手は誰もいなかった。食事や飲み会にも誘われない。みんな、仕事が終わったら、そそくさと帰り支度をして帰るだけ。
そんな人たちの中に自分がいることなんて信じたくなかった。学校の頃の友だちとは休日の折り合わせがどうしてもつかなくて、会える機会も減っていった。
あの頃、絶対になりたくなかったあの子みたいな状況に、今の自分はなっている。それは途方もない恐怖だった。誰かに気付かれたら、馬鹿にされるかもしれない。あの頃の私はそんな妄想にとりつかれ、人の顔色ばかりうかがっていた。
そんな状況から私を救ってくれたのは、一冊の本だった。岸本葉子先生の『ひとり上手』というタイトル。著者の岸本先生が、ひとりで行動することも悪くないということを示したエッセイ本だ。
どうしてその本が私の琴線に触れたかというと、決して押し付けないことだった。「ひとり上手」というタイトルながら、「ひとりでいるべき」とは決して言わない。
むしろ、ひとりでいるのが不安な人たちにも共感を見せつつ、それでもひとりで日常を過ごすことについての考え方が書かれていた。そのことが、何よりも私を救ってくれたのだと思う。
その本を読んでしばらくすると、私はふと、自分が「ひとり」であることが、そこまで気にならなくなっていることに気がついた。
ひとりでいると寂しい。不安になる。それは今でも心の中にひっそりとある。けれど、自分の好きなようにできる自由、人を気にしなくてもいい解放感は、そんな不安が小さく思えるほど大きいものだった。
それ以来、私は今まで友だちと一緒じゃないと決して近づかなかったような場所に行ってみることにした。焼肉、カラオケ、喫茶店も、そのひとつだった。
最初はやっぱり寂しい。けれど慣れてしまえば、むしろひとりほど快適なものはなかった。おかげですっかり癖になってしまった。
今の私は、「ひとり」をたっぷりと満喫している。でも、だからといって学生時代の友だちと会わなくなったわけじゃない。
今でも誘われれば普通に行くし、みんなといるのは楽しい。でも、ひとりでいる時はまた違った楽しみ方があるのだと、気がついた。
友だちと一緒にいなくちゃいけない。そんな強迫的な思い込みが、今までの私の視野を狭めていた。そうじゃない。ひとりでいること。みんなでいること。どちらでもいいんだ。
学生時代、内心で見下していたあのひとりの子を思い出す。彼女は当時から「ひとり」でいることの楽しさを、知っていたのだろうか。
彼女と話してみたかったな。一度だけでもいいから。今になって、そう思う。今更思ったところで、もう遅いのだろうけれど。
ひとりでいる楽しみ
「ひとりでいると落ち着かない」という声を多く聞く。ひとり暮らし歴の長い私も、そういうことはしょっちゅうだ。特に場所によって、ひとりだと行きづらい場所、行きづらいから行かない場所がある。
この「ひとりでいると落ち着かない」心理を、もう少し掘り下げてみると……間が持たない……その奥には、人からどう見られているかを気にするせいもあるのでは。
ひとりは今、例外的な存在ではまったくない。いっしょに食べる相手やお茶を飲む相手がいないから仕方なしに、ではなく、相手はいるがもしかしたらひとりでほっとしたくて、というケースもあろう。
そう思うと、気づくのだ。ひとりはカッコ悪いという先入観が、自分の中にあったことに。先入観で自分をきゅうくつにしていたことに。
ひとりでいると落ち着かないという感じ方の中には、”なのに”という気持ちが、どこかにあるのではないだろうか。
習慣や既存の価値観の縛りを、あえてひとりでお店に行ってみることでしだいに外し、そんなふうに少しずつ、意識改革のステップを踏んでいく。
生活時間のメリハリの付け方や、集中できる何かを持とうとする試みは、「ひとり上手」の練習のたまものかと思う。
「ひとり上手」になって、自分の時間を楽しむためのヒントを、この本で届けられることを願っています。
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