時代の流れとともに変化していく現代の妖怪『日本現代怪異事典 副読本』朝里樹


「いやあ、肩身が狭い時代になったもんだよねえ」

 

 

 蛇の目のかたわらに開いた長い舌の隙間から深いため息を吐き出して、大きな瞳をしょんぼりと伏せた。

 

 

 彼は傘化けである。蛇の目傘に入った口から長い舌を伸ばし、大きな目をぎょろぎょろと回している。

 

 

 傘から伸びているのは持ち手ではなく、太い男の足である。彼が飛び跳ねるたびに彼の足に履いている下駄がからころと音を立てた。

 

 

「まったくだ。やれ人間どもは科学が何だと騒いで、昔は驚いてくれて、そりゃあ気分がよかったのに」

 

 

 傘化けと顔を見合わせてしょんぼりと肩(?)を落とすのはふわふわと浮かんでいる提灯お化けである。

 

 

 闇の中にぼんやりと灯りをともす赤提灯の真ん中が裂けて真っ赤な舌が飛び出している。

 

 

「ちょっと前にちょいと驚かせてやろうと思って昔と同じようにやってやったのよ。そうしたら、どうなったと思う?」

 

 

「どうなったんだい?」

 

 

「そりゃあもう、スマホ向けられて写真の連打よ。俺は慌てて逃げるしかなかったさ」

 

 

「ああ、わかるわかる。近頃は子どもですら怖がってくれないもんなあ」

 

 

 世知辛や世知辛や。二人は顔を突き合わせてため息を吐く。

 

 

「しかも、俺たち、もう使われないじゃん」

 

 

「もともと、使われなくなった物が妖怪になったのが俺らだけどな」

 

 

「でも、提灯なんかは今でも祭りでよく見るよ。まだいけるんじゃない?」

 

 

「いやあ、無理無理。最近はどこも光ファイバーよ。まったく、古き良き伝統とやらはどこに行っちまったのかねぇ」

 

 

 傘はどうだい?

 

 

「言わずもがなだよ。雨の日の通りを見てみろ。和傘なんて今時どこを見渡しても差してるやつはいない」

 

 

 提灯も和傘も、科学が進歩した時代では肩身が重い。彼らは絶滅の瀬戸際に立っているのだ。今時、彼らの出番はせいぜい『ゲゲゲの鬼太郎』くらいしかない。

 

 

「もう妖怪の時代も終わりかねえ」

 

 

「いや、でもほら、狐とか、狸とか、猫とかはまだ人気だろ」

 

 

「あいつらはもともと獣だからな。妖怪として駄目でも生きようがあるだろう」

 

 

「じゃあ、鬼や河童や座敷童やトイレの花子さんは?」

 

 

「……たしかに、なんであいつらはまだ人気があるんだ?」

 

 

「『世界の何だコレ!?ミステリー』とかのテレビの特集で河童と座敷童の特集してたわ」

 

 

「『Fate/Grand Order』とかいう人気のゲームには鬼とか狐が出てるらしい」

 

 

「あいつらと俺たちの違いってなんだ。人型がそんなにいいのかよ」

 

 

「豆腐小僧もちょっと前まで仲間だったのに、映画で出演してからは絡んでくれなくなったしなあ」

 

 

 もう終わりかねえ。呟いた傘化けに、提灯お化けが語気を強める。

 

 

「いや、まだだ。俺たちも時代にのっとって新しい妖怪としての姿を学べば、まだ生きていけるはずだ」

 

 

「どうやって?」

 

 

 提灯お化けは口の中から一冊の本を取り出した。『日本現代怪異事典 副読本』と書かれている。

 

 

「ここには現代の妖怪が描かれている。これを見て、今のニーズを学ぶんだ」

 

 

「ふう、まあ、最後の花火を上げてやろうか。失敗してもどうせ消えるだけだしな」

 

 

 二人は舌を突き合わせてその本のページをめくった。

 

 

時代の波に乗れ!

 

「おぉ、傘の、久しぶりだな」

 

 

「おお、提灯。何年振りだろうね」

 

 

 傘化けと提灯お化けの二人は久しぶりに再会を果たした。二人して、あの頃とは違う、生き生きとした表情をしている。

 

 

 二人は久闊を叙して飲みに行こうということにもなり、居酒屋に寄ることにしたのである。

 

 

「最近はどうよ、景気の方は」

 

 

「いやあ、一時はどうなるかと思ったけどね」

 

 

 傘化けも提灯お化けも今や人気の妖怪の一角であった。イベントにも頻繁に顔を出し、女子高生人気も高い。

 

 

 彼らの人気に火をつけたのはSNSである。Twitterやインスタグラムを利用して積極的に表に出ることで大人気となったのだ。

 

 

「いやあ、それにしてもあの本が役に立ったなあ」

 

 

 彼らが参考にしたのは『日本現代怪異事典 副読本』であった。

 

 

 現代の妖怪が電話やメールなどの情報ツールを使っていることを知った彼らは自分たちもと思い、Twitterやインスタグラムのチャンネルを登録したのである。

 

 

 最初は困難の連続だった。なにせ、彼らの時代は江戸時代で止まっているのだ。SNSに慣れるのすら難しかったのである。

 

 

 それを乗り越えても、妖怪だとなかなか信じてもらえないという現実が待っていた。

 

 

 TwitterやSNSには名前の多様性は無限大である。妖怪の彼らは数ある妖怪RPアカウントのひとつでしかなかったのだ。

 

 

 しかし、必死の努力と工夫で彼らが本物の妖怪だと知れ渡っていくにつれ、状況が変わってくる。

 

 

 メディアにも注目され、二人の人気はどんどん高まっていった。今では人気Youtuberの一角である。マスコット化もされて、若い世代を中心に大ブレイクしているのだ。

 

 

「俺たち妖怪は人間を怖がらす存在だけど、逆に言えば俺たちは人間の文化の象徴でもあるよな」

 

 

「ああ、だからこそ、俺たちも時代の最先端に乗っていかないといけないな」

 

 

 妖怪はその時代の文化を映し出す鏡である。と同時に、妖怪自身もまた、人間の作り出した文化そのものであるのだ。

 

 

時代とともに変わっていく妖怪たち

 

 現代のメディア社会では怖いものが溢れている。現代の人々は怖いものを娯楽のひとつとして享受している。

 

 

 その理由の第一はわからないという魅力だ。怪異はわからない存在として立ち現れる。人間は幼児期から未知なものに本能的に興味を生み出す。

 

 

 もうひとつの理由は、今日を楽しむことができる心を持っているということだ。

 

 

 怖いものを楽しむには、精神的な余裕が必要だ。現代日本が平和であるからこそ、私たちは怪異を楽しみ、求めることができる。

 

 

 そんな平和な世界が続き、怪異たちが現れることを私は願いたい。

 

 

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