屋根裏はひどく薄暗い。髪にかかった蜘蛛の巣を払いのけて歩いていると、爪先に何か固いものが当たる感触があった。
「なんだこれ」
下ろしてみると、明かりの下で見えたのはなんとも古臭い箱だった。父のものだろうか。僕は思わずわくわくした。
この家は先祖代々続く名家であると、父に聞いたことがある。なんでも、大阪の主であった豊臣秀吉に仕えた武家の血筋なのだそうだ。
そんな家に意味深に隠されている箱。もしかすると、何か値打ち物が隠されているかもしれない。
僕は胸を躍らせながら蓋を開けた。劣化した蓋との繋ぎ目がみしみしと悲鳴を上げる。
しかし、箱の中を覗き込んだ僕の目に飛び込んできたのは、古ぼけたいくつかの紙束だけだった。
どうやら、金銀財宝の類いはないようだ。僕は落胆を抑えきれなかった。肩を落として、しかし一抹の希望を抱いて、その紙をそっと手に取った。もしかしたら、値打ちのあるものかもしれない。
どうやらそれは、物語のようだった。それも、ひとつだけではない。いくつかの小説が、そこには収められていた。僕は内容を確かめるために、その文字に視線を走らせた。
古来から受け継がれてきた伝統。謎の言葉「ホルモー」
一冊目は、聞き慣れない単語から始まった。表題のところには『鴨川ホルモー』と書かれている。
最初は「ホルモン」の書き間違えかとも疑ったが、どうやら内容を見てみる限り、「ホルモー」で間違いはないようだ。
では、その「ホルモー」とは何なのか。
その本によると、どうやらスポーツらしい。そんなのは聞いたことがないが、遥か昔から密やかに続けられてきた伝統のあるスポーツなのだそうだ。
『鴨川ホルモー』とはつまり、ホルモーをしているチーム名のことだという。しかし、肝心の「ホルモー」とは何か、読み終わった今でもよくわかっていない。
そもそも、どうしてそんな物語が我が家の屋根裏にあるのか。そのことが一番の謎である。
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ホルモーはまだ終わらない!
次に手に取ったのも、ホルモーについて記されている。それも、今度は掌編が六つあるようだ。
ひとつのチームのことを描く『鴨川ホルモー』とは違い、登場人物もチームもバラバラで、時には、一見すればまったく関係ないような話もある。
しかし、『鴨川ホルモー』の人物も登場しているから、これはつまり、続編のようなものなのだろう。
しかし、相変わらず、「ホルモー」という言葉の意味はわからない。わからないまま終わっていた。
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あなたの縁、つなぎます
今度のは一風変わって、インタビュー記事のような内容になっていた。しかし、奇妙さは先ほどの「ホルモー」の比ではない。
なにせ、インタビューの相手は自分のことを「縁結びの神様」だと思い込んでいるらしいのだ。
しかし、その割にはあまりにも人間臭い。昇進を望み、人事に愚痴を言うその姿はまるで普通のサラリーマンである。
悩めるカップル、あるいはカップル未満の人々に力を貸し、縁を結ぶ。彼がやっている仕事は、そういうものらしい。
そのギャップがあるせいか、物語としては絶妙な味を醸し出していた。が、神様のインタビュー記事なんて珍品を、父はどこで手に入れたのだろうか。
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水を操る一族の危機
次に手に取ったのは、とある一族の家系図らしい。「日出家」という一族である。
資料によると、到底信じられない話であるが、彼らは琵琶湖から超能力を授かっており、水を操り、人心を操作する力を持つのだという。
名前を見て思うのは、「さんずい」がついている名前が多いということだ。どうやら力のあるなしがあり、さんずいは力を持つ子どもにだけつけられた名前らしい。
資料に記されているのは、家系図で言うところの最下部に位置している、淡十郎という人物だ。そして、物語には、同じく日出家の「涼介」という少年の目から見た光景を描いている。
資料に記されているのは、彼らの世代に起こったという、日出家一族が滅亡しかねない危機についてのことであった。
人の心を操る。そんな力を持ってしまった彼らを哀れに感じた。あるいは、そう思うことも、力を持たないがゆえの余裕なのかもしれないが。
琵琶湖の周りに住む摩訶不思議な一族『偉大なる、しゅららぼん』万城目学
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ひとりの忍びが変えた歴史
次に手に取ったのは手記である。箱の中に収められた資料の中でも、もっとも古びたものであった。
表題には、『とっぴんぱらりの風太郎』と書かれている。どうやら「風太郎」というのが、この手記の主であるらしい。
それは遥か昔、江戸時代の物語である。伊賀の忍び、「風太郎」の視点から描かれている。
彼は練習の最中で事故によって同僚を手にかけてしまい、里を追い出されてしまう。そこに、因心居士という人物と出会ったことで、彼の運命は大きく変わった。
僕は今までの資料よりも深くこの資料を読みこんだ。手記の終盤では、思わず息を呑んだ。
いや、ありえない。この手記は偽物、ただの物語に違いない。しかし、もしも本物であるなら、豊臣家の子孫は……。
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大阪の人たちの抱える重大な秘密
最後は、見覚えのある文字で書かれた手紙だった。僕はその字を知っている。父の字だ。
「この手紙を読んでいるということは、箱を見つけたということだな。では、その時、俺はいなくなっているのだろう。
この箱はお前の祖父、つまり俺の父が集めた歴史の資料だ。父はこういったものが好きで、晩年までずっと集めて大切にしていた。
しかし、この箱の中身は決して開示してはならない。いわば、歴史の暗部に位置しているからだ。下手をすれば、歴史が変わってしまう。
特に、『プリンセス・トヨトミ』に描かれていることは、決して明かすな。そして、俺からのメッセージの本題はここにある。
俺たち大阪の民は、ずっと守り続けてきた秘密があるんだ。俺が伝えられなかったときのために、こうして手紙に記すことを思いついた、というわけだ。
いいか、我が家の役割は、『窓枠に瓢箪を吊るしておく』というものだ。大阪城が赤く光った時には、必ず実行するように。
伝えることはそれだけだ。最後に、俺はあまり良い父親ではなかったと思う。すまなかった」
父からの手紙はそれだけだった。
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