今、ここにひとつ、告白しましょう。私は兄のことを愛していました。兄をひとりの男性として見ていたのです。
いつからその想いがあったのか、それは私にも明白にはわかりません。いえ、あるいは、私たちが幼い頃から、すでにその萌芽は私の心の片隅に植わっていたのかもしれません。
ただ、気がついた時には、それはすでに巨大な蛇のようにその鎌首をもたげ、私に誘惑の言葉をささやくのでした。
私と兄は、幼い頃から仲の良い兄妹でした。私はいつだって兄の後をついて回り、兄もまた、私にはとても優しかったのです。
『お兄ちゃんと結婚する』という言葉を、幼い頃の私は事あるごとに口にしていたそうです。その頃はもちろん本気で、そしてその想いは、今でも変わっていません。
いえ、むしろ、その幼い頃の微笑ましい願望は、より生々しい欲望に塗れた妄想として歪んだまま、私の心に今でも居座っているのです。
中学生の頃、私と兄は喧嘩をしました。いつまでも記憶に残るような大きな喧嘩をしたのは、初めてのことでした。
きっかけは、兄の言葉です。『もういい加減つきまとうのはやめてくれ』と。その言葉をきっかけに、私は未だかつてないくらいに涙を流して、兄に対して声を張り上げるまでの大喧嘩になったのです。
兄がそう言ったのは、同級生にからかわれたからとのことで。しかし、今にして思えば、兄はそれ以前からすでに、私に対する黒い想いを抱えていたのでしょう。
優しさゆえに私を突き放すこともできず、苦しんでいたのだと思います。兄は優しい人ですから。
兄にそう言った同級生のことをひどく憎く思いましたが、他ならない兄の口から言われては、私が逆らうことなんてできようもありません。
ましてや、そこから発展した喧嘩だったのです。私と兄の関係は険悪になり、視線を合わさず、会話すらもなくなりました。
当然ながら、その険悪な関係にあっても、私の中にある兄への好意は消えませんでした。いえ、むしろ、より熟成されて強くなったと言い換えるべきかもしれません。
しかし、その頃から私は兄のことを嫌いになったような態度をとりました。目を合わさないよう視線を反らし、会話は父や母を通してするようにしたのです。
兄に触れたいという想いは、日に日に増していました。目を合わすと抑えきれないくらいに。兄の声すらも、私の箍を外す毒となっていました。
私が自分の想いを必死に抑え続けたのは、兄に嫌われたくなかったからです。喧嘩の時の兄のうんざりしたような声色が、私の心を鎖のように縛りつけていました。
兄に触れたい。けれど、嫌われるかもしれない。いっそ、想いを伝えたいとすら考えましたが、辛うじて繋がっている糸が完全に切れてしまうかもしれないと考えると、凍るような恐怖がありました。
私の中でせめぎ合う欲望と良識の葛藤は、より一層、兄に対する頑なな態度へと吐き出されていきました。その頃には、もう自分でもどうしようもなくなっていたのです。
兄が大学生となって家を出た時、私は見送りにすら行けませんでした。最後の団欒の時の、こちらを見ようともしない兄の横顔が、私が最後に見た兄の顔となったのです。
部屋に戻った途端、私の目からとめどなく涙が溢れました。まるで自分の中の何もかもが空っぽになってしまうくらい、私は泣きました。
とうとう、私は兄に想いを伝えることも、仲直りすることもできず、兄と別れることになったのです。
再会
鈴木大輔先生の『お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ』という作品は、初めてできた彼氏が持っていた一冊でした。
六年間もの間、別々の家に引き取られて離れ離れで生きてきた兄妹は、兄の尽力によってようやくまたいっしょに暮らせるようになります。
しかし、美少女に育った妹は極度のブラコンをこじらせていた上、癖の強い女の子たちに振り回されながら平穏とはほど遠い騒がしい生活を送る、というものでした。
ドタバタのラブコメディなのですが、恥ずかしながら、初めて読んだ時、私は思わず泣いてしまったのです。
うろたえる彼氏を差し置いて、私の心の中には兄の顔が思い浮かんでおりました。
もしも、私が秋子のように素直であったなら。あんな別れはなかったかもしれない。そう思うと、胸が締め付けられるように痛くなるのです。
その彼氏とも、長くは続きませんでした。誰と交際しても、兄が頭の中にちらついて、他のどの男性のことも好きになれないのです。
兄には触れたいと思うのに、他の男性に触れられると吐き気がするほどの嫌悪感に襲われ、耐え切れなくなってしまうのでした。
その兄は今、幸せそうな笑顔で、ウェディングドレスを纏った花嫁の薬指に、指輪を捧げています。
何年かぶりに家に帰ってきた兄が土産として持ってきたのは、美しい女性と、彼女と結婚したいという話でした。
相手の女性は、兄が中学生の頃からアプローチし続けて、ようやく実った初恋の相手であり、兄を、私とのことでからかったその人でもありました。
そのことを知った私は、まるで地獄に落とされたような途方もない絶望を味わったのです。業火のような嫉妬の炎が、胸の奥で燃え盛っているのを感じました。
「ふぅん、お兄ちゃんのくせに、随分といい相手を見つけたものね。どれだけ貢いだのかしら」
空気が凍りました。私は怒りの形相で私を睨み付ける兄から逃げるように、走って自分の部屋に逃げ込みました。
ようやく叶った再会。それなのに、どうしてこんなことに。私は枕に顔を埋めて、声を押し殺したまま泣きました。
私はどうして兄の妹に生まれたのでしょう。兄妹でさえなければ、あの場所に立っていたのは私かもしれないのに。
ただ兄妹だというだけで、愛している人の隣りに立つ権利すら、最初から奪われてしまっている運命を、心の底から憎悪しました。
手をつないだ兄と、そして妻となった女が祝福の拍手を浴びながら歩いていきます。式場の鐘が彼らの華々しい門出を祝っていました。
私は兄夫婦に、とうとう最後まで祝福の言葉をかけることはできませんでした。
どうか、私を許してください。私は幸せなのです。たとえ想いが叶わなくても、誰にも理解されなくとも、愛する人への想いは私の胸の中で朽ちることはないのですから。
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