母親のお腹の中で、赤ちゃんはどうして溺れないのか。命の神秘。羊水の秘密。あなたは、そんな疑問を抱いたことがあるでしょうか。
改めて言われてみると、羊水というものの不思議には心底首を傾げてしまいます。どうしてなのか、説明ができない。私たちは誰もがかつて経験しているであろうことのはずなのに。
私がそんなことを考えているのは、西尾維新先生の『人類最強のヴェネチア』という作品を読んだからです。読んでから初めてシリーズものだと知りましたが、おもしろくて最後まで一気に読んでしまいました。
どうしてその本からそんな疑問が生まれるのか、というと、まさに作中の登場人物がその疑問を提示しているからです。
しかし、気になったからといって、まさか母親のお腹を引き裂いて頭を突っ込むわけにもいきますまい。とか思っていたら、彼はまさにそれを実行してしまうんですよね。
連続溺殺犯、アクアクア。母親の羊水の謎に疑問を持った彼は、水の都ヴェネチアを舞台に、数々の邪悪な実験を開始します。
そんな折、ヴェネチアを使った数学の思考実験を行うためにかの地を訪れた人類最強の請負人、哀川潤は、アクアクアの実験に巻き込まれていくこととなるのです。
その本を読んで、「水」というものは実に不思議なものだと、ふと思ったんですよね。自在に流動し、形を変える。私たちが生きるのに不可欠でありながら、私たちは彼らの存在を享受し、そして時に怖れている。
私たち人間は身体の七十パーセント以上は「水」でできている、と、よく言うではないですか。にもかかわらず、私たちはあんなふうに形を変えることはできないし、歩くたびに水音もしない。
スイカに至っては九十パーセント以上「水」なんですってね。私たちが普段食べているあの赤い部分は「水」以外に何でできているのやら。
地球上の生物の始祖は、「水」の中で生まれたのです。そして、その歴史を私たちも連綿と引き継いでいる。赤ちゃんとして形を持った時、私たちは必ず「水」の中にいるわけです。
これは、当然のこと、でしょうか。どうして? なぜ羊水というものがあるのでしょう。なぜ私たちはその中で生成されるのでしょう。
私たちは「水」とともに生きてきました。かつて、豪雨の激しい年、私の住んでいた都市が断水になったことがありましてね、いやぁ、困り果てましたよ。
飲み水よりも何より、生活排水。私たちは普段、どれだけ「水」に依存しているのかと、その時は痛感しました。しかし、その水は何度も、牙を向いている。
覚えていませんか、東日本大震災。映像を目にした時、私の心は震えました。流されていく家と、屋根に取り残された人々。「水」というものが如何に恐ろしいか、見せつけられたような。
日本には、枯山水というものがありますね。あれもまた風情がある。「水」を使わずに、しかし砂の波紋で水を描く。形の捉えられない水を、平面に捉える。
はい、何でしょう。ああ、関係ないお話は嫌いですか。どうしてこんなことをしたのか、ですって。そんなのは簡単じゃないですか。さっきから話しているでしょうに。
ほら、「水」ですよ、「水」。つまり、実験したくなったわけです。
やったことありませんか? 頭を水の中に沈めて、数を数えるんです。一番長く潜っていられたら、勝ち。ならば、それの最長記録を目指そうと、ね。
私も手伝いましたが、ほとんど彼のおかげですよ。間違いなく最長記録でしょう。ね、ね、そうでしょう。そうだと言ってください。
じゃないと、彼も浮かばれないでしょうから。文字通り、沈んだままで。目をカッと見開いて。あの時の光景は、どこか海の底に潜む怪物のように見えて、恐ろしかった。
連続溺殺魔との攻防
赤ちゃんはどうしてお母さんのおなかの中で溺れてしまわないんだろう? 小さな密室の中に隙間なく監禁され、あまつさえ内部を水で満たされるなんて……、ぼくはぼくの妻が妊娠した時、そんな疑問を抱かずにはいられなかった。
疑問は解決しなければならない。謎は解かなければならない。どうして赤ちゃんは溺死しないのか?
お母さんのおなかという完全密室の中で、赤ちゃんが窒息せず、あまつさえすくすく育つというのは、やはりどう考えても不可解だ。ぼくはここで立ち止まらず、くじけることなく考察を先に進めた。赤ちゃんはどうして育つ?
つまり、赤ちゃんにも赤ちゃん向けの水質があって、きっとそれが羊水であるという結論に、遅まきながら煙に巻かれず、ぼくは至った。
見えて来たぞ。大切なのは水だった。おそらく大きく膨らんだぼくの妻のおなかを満たす羊水は、酸素のみならず、さまざまな栄養素が詰まった魔法の水なのに違いない。
この推論に瑕疵はないように思われたが、ここでほっと一安心するほど、ぼくは不用心な夫ではない……。理論ができたなら、実践しないと嘘だ。
だからぼくはぼくの妻の腹部を切り裂いた。含まれる羊水を検証するために。もしもぼくの推理が間違っていたら、その頃には手遅れになってしまう。やらずに後悔するよりも、やって理解するのだ。
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