「なあなあ、太陽って冷たいんだってよ!」
拳を握り締めて瞳を輝かせながらそう言ってくる彼に、私は思わず目を瞬かせた。
いったい何を言っているのだろう、こいつは。今までも阿呆だとは思っていたが、まさかこれほどとは思わなかった。
「誰が阿呆だ、誰が」
「あ、ごめんね、口が滑った」
私が手を合わせてごめんごめんと謝ると、彼は憮然とした顔で、まあ、いいけどよ、と呟く。しかし、そのすぐ後にはまた、それより聞いてくれと迫ってきた。
「お前、太陽が熱いって思ってるだろ。でもさ、違うらしいんだよ。太陽って、実は冷たいんだよ」
困ったことに、彼は本気でその『太陽が冷たい』という話を信じているらしかった。頭が痛くなる。
「とりあえず、ひとつずつ、聞いてみるから、答えてみようね」
「なんでそんな子どもに話しかけるような感じなんだよ。違うんだって、本当なんだからな」
私の態度に彼は顔を真っ赤にして怒り出す。まあ、もちろん、私は彼をバカにしていたわけなのだが。
「いったい何を見て、そんな結論になったの?」
「ふふん、聞いて驚け、この本に書いてあったんだ」
彼が自信満々に見せてきたのは、『〔超真相〕宇宙人!』という本だった。なんとまあ、いかにもなタイトルではないか。
「この本の作者はさ、深野一幸って人で、東京工業大学を卒業した工学博士なんだぜ。そんな人が言っていることが間違っているわけがないじゃないか」
優れた学歴を誇る、たしかな権威の持ち主らしい。というのは、わかるけれど、ぺらぺらめくっていると、頭痛がひどくなった気がした。
「ねえ、これ、どういうこと? 磁石を使えばエネルギー問題が解決するって書いてあるんだけれど」
その本によると、磁石はものをくっつけている時、絶えずエネルギーを消費している。それはつまり、磁石は常にエネルギーを生み出し続けている、ということらしい。
もちろん、そんなことはない。彼の理論を肯定するなら、接着剤も常にエネルギーを生み出していることになってしまう。
「高いところに行って、太陽に近づくと寒くなるだろ。つまり、太陽は冷たいってことだ。博士はそう言っているんだ」
単純だからこそ誰も気づかないことを、博士は知っているんだ。すげえよな。彼はいっそ羨望の眼差しをその本に向けていた。
一方、私はどうにも引っかかるところがあった。この本を初めて見た気がしないのだ。読んだことはないはずなのに。
自分の読んできた本を思い出してみる。すると、ふと、ピンと浮かんできた一冊があった。
「思い出した」
「ん、何をだよ」
そうだ、私はこの本を知っている。ある本で紹介されたのを見たことがあるのだ。
と学会という団体が編集した『トンデモ本の世界』。とんでもない理論を提唱している本を紹介した一冊。
『〔超真相〕宇宙人!』もその本で紹介されていたのだ。
読んでいた時は『こんなの、信じる人いないでしょ』なんて思っていたけれど、まさか、こんなに身近にいたなんて。
トンデモの魔手
つまり、彼は『トンデモの魔手に囚われた』のだろう。解説を読んでもぽかんとするような本を信じ込んでしまうあたり、彼が彼たる所以である。
『トンデモ本の世界』を読んだ当時は、おかしくてケラケラ笑ったものだ。トンデモ本の提唱する奇妙な理論はいっそ痛快ですらあった。
けれど、読んでいた頃から、私の心には奇妙なしこりのようなものがあった。楽しいはずなのに、なぜかもやもやしたのだ。その正体が、今まさに彼の姿を見てわかったような気がする。
傍から見れば、たしかにその理論はおかしなものであるかもしれない。けれど、トンデモ本の作者たちは誰もが大真面目なのだ。
世の中の常識と異なる自分の理論を頑なに信じ、追求していく。その空回りしている情熱が生み出したのが『トンデモ本』だ。
常識的な人から見れば、たしかにそれは滑稽なのかもしれない。当時の私が笑っていたように。
けれど、そんな常識外れのものでも、純真に信じられる、今まさに私の前で目を輝かせている彼のような人たちは、きっと私よりも楽しく生きられるだろう。
だって、UFOだとか、陰謀だとか、宇宙人だとか。ロマンあるじゃん。いないとわかっていても、いる方が楽しいじゃん。
彼らは最高に人生を楽しんでいる。彼らには、真実よりも大切なことがあるのではないか。私はそんな彼らを笑えるのだろうか。
「な、だからさ、太陽って冷たいんだよ。お前も信じただろ」
彼の瞳は輝きに満ちている。私の答えは決まっている。私はにっこりと笑って。
首を横に振った。彼は信じられないという顔をする。いいよ、君はそのままでいてくれ。君は、真実よりも、大切なものを知っているのだから。
トンデモ本を楽しもう
ここはあなたの知らない世界である。日常のすぐ隣、あなたがいつも前を通っている書店の本棚に、ごく普通の本のふりをして、それはまぎれこんでいる。
トンデモ本。そのトンデモなさに、ほとんどの人間は気づいていない。だが、目には見えないけれども着実に、それはあなたの周囲に忍び寄っているのだ。
トンデモ本とは何か? 同人誌『日本SFごでん誤伝』の著者である藤倉氏の定義によれば、「著者が意図したものとは異なる視点から読んで楽しめるもの」である。
要するに、著者の大ボケや、無知、勘違い、妄想などにより、常識とはかけ離れたおかしな内容になってしまった本のことなのだ。
トンデモ本の著者たちはみんな大真面目であり、読者を笑わそうなどとはこれっぽっちも思っていない。しかし、常識ある人間が見れば、その内容は爆笑するしかない代物なのである。
と学会の「と」は「とんでもない」の「と」である。こんなすごい世界があるということを、ぜひ多くの人に知ってもらいたい。
もっとも、ここに紹介された本を読んで、「いったいどこがおかしいの?」と疑問に思われた方は要注意である。あなたはすでにトンデモ本の魔手に捕らえられているのだから。
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