変わりたい。何度もそう思っては、挫折してきた。もっと時間があれば。もっと余裕があれば。言い訳の言葉は、壁にぶつかって消えていくだけ。
幼い頃、仲の良かった友人がいた。彼は小学生の頃に転校していってしまったのだけれど、一緒に遊んだ思い出は今も忘れていない。
彼の父親はかなりの資産家で、近所でも飛び抜けてお金持ちだった。何度か会ったことがあるけれど、優しそうなおじさん、という感じだった。
友人はいつも最新のゲームを持っていた。私はそれが羨ましくて仕方がなかった。私の家は貧乏で、ゲームなんて買ってもらえなかった。
どうして、こんなにも違うのか。簡単な話だ。金がないから。それに尽きるのだ。それ以来、金や成功は、私の夢になった。
けれど、大人になって、私はごく普通の会社に勤めるサラリーマンになっていた。上司に頭を下げて、取引相手にうわべだけの笑顔を浮かべるだけの毎日だ。
成功も金も、どこにもない。けれど、会社を辞めたら給料がなくなる。そうなれば、生きていけない。嫌な仕事だけれど、そう思えば、続けるしかなかった。
完全に諦めきれなくて、自己啓発本を買ったこともある。それを読んでやる気を出して、「さあやるぞ」と思っても、長く続かない。
時間がない。余裕がない。仕事で忙しい。いつしか、そんな言葉が口癖になっていた。
そんな毎日を送っていた時、いつものように本屋をのぞいていた私は、その本と出会ったのだ。
私はその本を知っていた。かなり前に、話題になった本だ。ドラマでちらっと見た時の、関西弁が頭によぎる。
『夢をかなえるゾウ』。今まで興味がなかったその本が、今、私を呼んでいるような気がした。
変わる「きっかけ」は今この時に
今まで自己啓発本を読んでいく中で、もちろん、『夢をかなえるゾウ』という本の存在は知っていた。
なにせ、ベストセラーである。あれから何年も経った今でも、ビジネス書の特集コーナーにはその本があった。
にもかかわらず、私が読まなかったのは、まず最初の教えが『靴を磨け』だったからだ。
有体に言えば、私も主人公と同じことを思ったのだ。「それが成功することと何の関係があるのか」と。
私はそこで読むのをやめて、別の自己啓発本に手を伸ばしていた。読まなかったのは、そんな理由である。
だが、今、買ってしまったからには、読むしかない。そこで初めて、私はガネーシャの教えの全容に触れることになった。
靴を磨く。募金をする。売れるお店を観察する。他の人に自分の良いところを聞く。身近な人に感謝をする。
それはどれも、一見すれば、成功とは関係ないような教えだ。主人公も半信半疑ながらも従っているような感じだった。
けれど、次第に、読んでいくにつれて、その意味がわかってきた。
つまり、それは『成功の秘訣を教える』というよりは、『成功する考え方を身に着ける』ためのものだ。
そして、そのために大切なのは、何よりも『継続』だと言っている。毎日、欠かさず続けることが、何よりも自分を変えるのだ、と。
私はそれまで、「どうして彼のところにはガネーシャが現れて、私のところには誰も来てくれないのだ」と思っていた。
彼が来てくれれば、私も成功できるのに。そう思って。けれど、そうじゃない。自分が変わるには、やはり自分が変わろうとするしかないのだ。
きっと、姿は見えなくとも、ガネーシャはそこにいる。この本を読んだ人の前に、あるいは、変わろうとする人間の前に。
変わるきっかけはいくらでもある。今、この時。変わろうとしたならば、それはすでに「きっかけ」なのだ。
ガネーシャは変わろうという「きっかけ」そのものの姿でしかない。それは、見ようとすればいつだって見えるし、いつだってそこにいる。
うん、頑張ってみよう。私はそう決意して、読み終わった本を閉じた。私の耳に、どこかから関西弁が聞こえたような気がした。
ガネーシャの教えがあなたを成功へと導く
「おい、起きろや」
聞き慣れない声に目を覚ました僕は、眠気で重い瞼をゆっくりと持ち上げた瞬間、眼球が飛び出るかと思うくらいの衝撃を受けた。
枕元に変なのがいる。象のように長い鼻。鼻の付け根から覗く二本の白い牙。そしてぽってりとした大きな腹を四本ある腕のひとつでさすっていた。
直感的に、「ああ、これは夢だな」と思った。夢だとわかれば怖れることはない。
「お前、だれ?」
「だれやあらへんがな。ガネーシャやがな」
で、覚悟でけてる? 化物はそう聞いてきた。その時僕は不思議なことに、こいつ、どこかで見たような気がするなあと思ったけれど、それがいつ、どこでなのか、思い出すことはできなかった。
いずれにせよ、もう少ししたらこいつは消えていなくなるだろう。なんてったって、これは夢なんだから。
「夢ちゃうで。もっと見ようや、現実を。自分、そんなことやから、『夢』を現実にでけへんのやで」
なんなんだよこいつは。急激にむかついた僕は、朝の眠りを再び楽しむべく化け物にプイと背中を向けた。
その時だった。突然、僕はその化け物のことを思い出してしまったのだ。三ヶ月前にインドへ旅行に行ってきた時になんとなく買った象の神様が床にころがっていた。
昨晩の記憶を思い出していくにつれ、僕の顔が火照っていくのがわかった。華やかなパーティーで立場の違いを見せつけられた僕は、号泣しながら置物に『変わりたい』と縋ったのだ。
「で、どないすんねん。自分、変わりたいの変わりたないの?」
今まで、僕は何度も何度も、変わろうと決心してきた。けれど、結局何も続かなくて、自分に対して自信を失っていて、そんなパターンばっかりだった。
変わりたいと思う。でも、いつしか「変わりたい」という思いは、「どうせ変われない」という思いとワンセットでやってくるようになっていた。
「その心配は無用や。自分みたいに、いっつもぐだぐだしてて自分で決めたことも実行でけへんしょうもないヤツでも、できる感じにケアしたるから、その辺はワシにまかせとき」
もう、何が何だか分からなくなってきた。だったらいっそのこと、このおかしな生き物のおかしな話に乗ってやるのも悪くない、そんな大胆な考えがふと頭の片隅をよぎった。
ガネーシャは鼻を天に向けパオーン! と大きな声でいなないた。すると、一枚の紙がひらひらと揺れながら舞い降りてきた。
「サインして」
それは契約書だった。ガネーシャの言うことをたった一度でも聞かなかったら、もう一生夢みることなく、今まで通りの人生をだらだら過ごして後悔したまま終わる、という誓約。
ガネーシャと話している時からずっと心にひっかかっていることがあった。きっかけさえあれば。いつも、そう思っている。
でも、本当は「きっかけ」なんてたくさんころがっていて、それを僕は今までずっと素通りしてきたんだ。このままではきっかけなんて来ない。それが「きっかけ」であることを決めるのは、今この瞬間の僕なんだ。
得体の知れないやつの得体の知れないやり方で何かを変えようとするなんて、正気だとは思えなかった。
どれだけ考えても結論が出せなかった僕は、ええい! と立ち上がった。僕は、机の上にころがっていたボールペンを掴んだ。
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