スーパーに並んでいる肉を、私は見下ろした。ふと、思う。よく考えてみれば、私はこの『肉』というものの正体を、何も知らないのだ。
私はカップラーメンが大好きだった。安く、作るのにも苦労はかからない。最高の食べ物だと思っていた。
謎肉、というものがある。カップラーメンに入っている肉のことだ。しかし、その肉の正体について、長らく多くの人を騒がせてきた。
曰く、鼠の肉。もちろん、そんなものはただの都市伝説で、事実は、豚肉と大豆を混ぜてドライフリーズしたものだそうだ。
しかし、あらためて思えば、なんと恐ろしいことだと思う。議論されるほど正体がわからない肉を、私たちは当たり前のような顔をして食べているのだ。
『震える牛』という作品を読んだ。つい先日のことだ。相場英雄という人の作品だった。
私がスーパーに並ぶ肉や、食べ物に、疑念を抱くようになったのはそのことがきっかけだった。
ベテランの刑事である田川に、一件の事件が担当に回された。それは未解決となった中野駅前の店で起こった凄惨な事件である。
当初は、外国人が犯人とされていた。しかし、丹念に地道な聞き込みを続けた末に、捜査の先に、ある企業が浮かび上がる。
オックスマート。多くの業界に枝葉を伸ばしている大企業である。各地に出店を繰り返してマージン率による利益を上げる焼き畑経営によって、莫大な富を得た。
その影響は政界や、警察組織の内部にまで波及している。その牙城を崩すため、田川は浮かび上がってきたキーワードを懸命に追いかけていく。
それは利益を重視するために健康を度外視する食品業界の問題と地方商店街の衰退を取り上げたサスペンスだ。
読んだ時、私はぞっとした。それがフィクションではなく、現実に起こっていることだということがわかったからだ。
タイトルの『震える牛』は人間にも有害な影響を与えるBSEにかかった牛のことである。これは実際にも取り上げられた社会問題だ。
BSE問題はたしかにひとまずの決着を見せた。しかし、食の安全という問題は、今でも数多く残っている。
私たちが今、口に運んでいる食べ物。それは多くの化学調味料と日持ちするための保存料によって味がつけられている。
それが有害ではないという証拠はいったいどこにあるのか。安全だというのは、企業が言っているに過ぎない。
企業が利益を求めるがゆえに嘘をつく、なんてことは今までにも何度もあったことだ。
企業が、調査している組織が、どうして信用できるというのか。私たちは今まで何度も騙されてきたというのに。
「前に講義を聞いたんだ。この化学調味料と、この化学調味料を混ぜれば、ハンバーグそっくりの味になるって。食べてみたら驚くよ。本当にハンバーグそっくりなのさ」
大学の頃の友人が言っていた言葉を思い出す。彼は、お店で売っている食べ物は化学調味料の塊だと言った。
私たちは安くておいしい食べ物を求める。高ければ売れないが、企業は利益を出さなくてはならない。
しかし、食材そのものの値段は上がっている。それならば、どうやって安い商品を提供しているのか。
あるいは、知らなければよかったのかもしれない。知らないままならば、私は今でもおいしく食べていただろう。化学調味料がたっぷり使われた食材を。
大企業の闇
「幾度となく、経済的な事由が、国民の健康上の事由に優先された。そして政府の役人は、財政上の、あるいは官僚的、政治的な意味合いを最重要視して行動していたようだ」
蛍光ペンで何度もなぞった一節が男の目の前にあった。ページをめくった男は、パソコンのキーボードを叩き、愛読書のフレーズをファイルに刻み込んだ。
「直面している大きな課題は、市場の道徳観念の欠如と効率性との間で、しかるべき落としどころを探ることだ。極限にまで推し進められた自由市場主義は、おそろしく偏狭で、近視眼的で、破壊的だ」
厳しい暑さが続くなか、男の背中に一筋、冷たい汗が流れた。ページをめくった男は、目的の項目を探し出した。最後の言葉をファイルに刻む必要がある。
「消費者は重要視すべき唯一の集団である。しかし、その意見はないがしろにされがちだ。政府はいかなるときも、消費者の権利を擁護しなくてはならない」
キーボードに手を添えた時、デスクに置いた携帯電話が震えた。馴染みのある名前が表示されている。
男は文書ファイルを保存し、手早くメール画面を起動した。ファイルをメールに添付した後、送信ボタンを押した。
電話が震え続けている。通話ボタンを押すと、聞き慣れた男の声が響いた。すぐに来てほしいとの連絡だった。
ようやく、直接話を聞いてもらえる機会が訪れたと知らされた。同時に住所を告げられ、直ちに来るよう言い渡された。
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