我慢も攻撃もしない、上手なキレ方『キレる!』中野信子


 何か、黒いものが胸の中に渦巻いているような気がした。地中の底に眠る、グツグツと煮立ったマグマのように。

 

 

「君ねぇ、こんな仕事もできないようじゃあ、何もできないよ?」

 

 

 神経を撫でるような、上司の嫌味。くすくすと笑いが聞こえる。怒られている僕を見て、同僚が笑っている。

 

 

 僕は目を伏せて、ただその言葉を聞いていた。傷つかないように、感情を失くして。

 

 

 けれど、何かが溜まっていくのを感じる。それが何かはわからないけれど。マグマに泡がぷくっと膨れて、ぱちんと弾けた。

 

 

 駄目だ。駄目だ。僕は自分の中の熱を必死に抑える。キレては駄目だ。僕が。僕さえ我慢すれば。いつかは終わるのだから。

 

 

 ぽん、と頭の上に軽い衝撃が走る。思わずびくっと肩を揺らして振り向くと、先輩がにやにや笑いながら僕を見下ろしていた。

 

 

 はっとして周りを見回す。説教は終わっていた。どうやら、僕は気が付かないうちに自分のデスクに座ってぼうっとしていたらしい。

 

 

「君、いいやつだよねぇ。あんなこと言われたら、アタシならぶち切れるけどね」

 

 

「は、はあ、ありがとうございます」

 

 

「褒めてないよ」

 

 

 あまり話したことがないけれど、どうやらこの人は、随分と変わり者らしかった。そう言えば、「曲者」だと聞いたことがある気がする。

 

 

「じゃじゃん! そんな君におすすめの本があるよ。特別に貸してあげよう」

 

 

 先輩がわざとらしく大袈裟に取り出して見せたのは、『キレる!』という本だった。胸に押しつけられたそれを、僕は戸惑いながらも受け取った。

 

 

「ま、騙されたと思って読んでみなよ。じゃないと、爆発しちゃうよ、君」

 

 

 その言葉に、僕は思わずぎくりとする。けれど、先輩は気にせず、「返すのは読み終わってからでいいよ」なんて言って、自分のデスクに戻った。

 

 

 帰宅した僕のカバンの中には、先輩から借りた本がある。先輩の言葉を思い出す。

 

 

 僕は昔からあまり手のかからない子どもと言われていた。怒ることがないからだ。親にも、弟にも、クラスメイトにも、僕は昔からあまり怒らなかった。

 

 

 けれど、僕だけが知っていることがある。それは、僕の身体の中には、マグマが溜まっているのだということ。

 

 

 怒らない。でも、イライラするような出来事が起こると、身体の中にマグマが溜まる。それは今にも飛び出そうと、グツグツと煮立っているのだ。

 

 

 今まで、二度ほど噴火したことがある。どちらも他愛ない出来事だったはずだ。それほど怒るほどでもないような。

 

 

 一回目は同級生に他愛ない言葉でからかわれたとき。二回目は弟にものを壊されたときだ。

 

 

 どちらもその瞬間の記憶はない。けれど、傷害事件にすら発展したその出来事を忘れることは難しい。

 

 

 いじめられていたと言っても過言ではなかった僕は、それ以来、避けられるようになった。誰もが怯えるような視線で、僕を見るのだ。

 

 

 弟や、母もそうだ。爆発して以来、僕を見る目は正反対になってしまった。

 

 

 キレることは良くないことだ。僕は温厚な人間じゃない。ただ、腹の底に怒りをため込んでいるだけに過ぎない。

 

 

 先輩から借りたものを読まずに返すことはできない。僕は半信半疑ながら、その『キレる!』を開いてみた。

 

 

 「上手にキレる」。まずはそのことに、僕は驚いた。キレることを否定しているんじゃない。その本は、上手なキレ方を教えてくれるのだ。

 

 

 それどころか、キレないことは良くないのだという。キレないことは相手に支配されることにつながるからだ、と。

 

 

 僕は上司を思い浮かべる。僕は彼の言うことに逆らえないようになっていた。なるほど、これは支配だったのか。

 

 

 いつしか、最初に抱いていた疑念はどこかへと消えていた。どころか、僕はその本を信用するようになっていた。

 

 

 そうか。僕はキレるのが下手なのか。上手にキレることができるようになれば、このマグマの熱を必死に抑えることもなくなる。

 

 

 その夜、僕は夢中でその本を読んだ。マグマが出口を求めて手を伸ばしている。でも、もう苦しくはなかった。出してあげてもいいんだと、僕はもう、知ったのだから。

 

 

上手なキレ方を学ぶ

 

 「思春期の子どもが反抗的・攻撃的になり、毎日腫れ物に触るようだ」「不安になると攻撃的になってキレてしまう」

 

 

 キレている人に振り回されるのも大変ですが、自分の辛い気持ちを相手に言うことができずにいるのも、ストレスが溜まります。

 

 

 人間なら誰でも怒りの感情が湧き起こり、そして、相手があなたの気持ちを汲んで言動を改めてくれることはないでしょう。

 

 

 どうすれば、相手の怒りや感情的な言動に振り回されることなく、上手に自分の怒りの気持ちを発散させるような切り返し方ができるのでしょうか。

 

 

 これらにはテクニックと経験が必要です。しかし何も言わずに我慢して、丸く収めるのが最善の策だと考えている人が多すぎると思うのです。

 

 

 世の中には、我慢するという人の善意を利用して、相手を支配しようとする人がいます。相手の身勝手な怒りや不条理な言動には、上手にキレて、抵抗する必要があるのです。

 

 

 実は私もキレて抵抗することが苦手です。ですから、この本を通して、どうキレて、どのように抵抗すると、相手と良好な関係を保ちながら、自分を大事にできるのか、考察していきたいと思っています。

 

 

 対人コミュニケーションにおいて自分を守る「盾」となり、「強み」にもなるような、「キレるスキル」に光を当てたこの本が、今後も私とともにその技術を学び続けるきっかけになれば幸いです。

 

 

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