……太った、かな。ふと、クローゼットから見つけた懐かしい服を着てみて、私は愕然とした。
チャックが上まで上がらない。服は肌にぴったりと貼り付いていて、今にもボタンが弾け飛びそうだった。
ズボンの上にはでっぷりと肥えた肉の塊が我が物顔で乗っかっている。それはまるで別のイキモノのようにも見えた。
私は手を曲げて、その腹の肉をつまんでみる。まるで餅のようにでろんとだらしなく伸びた。
自分の腹を見下ろしていた視線を、ふと、机の上に移す。そこには写真立てに入れられた一枚の写真があった。
写っている私は、満面の笑みで笑っている。結婚してまだ間もない頃の写真だ。今着ているのと同じ服を着ている。
写真の中の私は、ほっそりとしていて、優美な立ち姿をしていた。それがどうだろう。鏡の中にいる私にはもう、その頃の面影はない。
痩せよう。ダイエットを決意したのは、まさにその瞬間だった。
しかし待てよ。その時、私の心の中で首をもたげたのは、もうひとりの怠惰な私だった。
彼の名を欲望という。彼は、でっぷり太った大きな身体をトドのように脱力させたまま、私を見てにやにや笑った。
いいじゃないか。太っていても。誰に恥じることがあるんだ。もう誰に見られるわけでもあるまいに。彼の言葉に、なるほどたしかにと頷く。
思い出の服が着られない。ただそれだけのことだ。他の服を着ればいいじゃないか。無理して痩せる必要なんてないさ。
そうかもしれない。いや、しかし。私は抗おうとした。欲望は狡猾だった。お前には無理だ、と甘言のように囁くのだ。思わず納得しそうになってしまう。
気晴らしに家から外に出る。茹だるように暑い太陽が私の項に照りつけてきた。ほら、ダイエットって、こんな暑い中を走るんだろ。なんでそんなことをしなきゃいけないんだ。欲望がまた囁く。
日差しの雨から逃れるように、私は近所の図書館に逃げ込んだ。クーラーの涼しい冷気に、思わずほっと息を吐く。
せっかくだから、と本棚を眺めていると、ふと、一冊の本が目に入った。本棚から抜き取ってみる。
それは『内臓脂肪を最速で落とす』という本だった。ダイエットの本だろうか。私は期待を込めてページをめくる。
なるほど、それはたしかにダイエットの本だった。いかにして脂肪を減らせばいいか、その方法が書いてある。
けれど、それよりも私の頭に残ったのは、脂肪そのものについての説明だった。
脂肪は内臓脂肪と皮下脂肪のふたつがあり、それぞれ役割を持っているのだという。
脂肪があると太っていると、邪魔者扱いされる脂肪。しかし、それがなくなりすぎても悪影響が出てくる。
かといって、多すぎてもいけない。脂肪が多すぎると、命にもかかわるような病気にまで発展する。
大切なのは、脂肪を適切な量に保つことだ。そのためには、適切な運動と食事が必要になる。
太っているとかっこ悪い。だから、痩せたい。多くの人は、そんな動機からダイエットを始めるのだろう。
けれど、肥満は「肥満症」と呼ばれる。れっきとした病気なのだ、と、その本は教えてくれた。肥満症を侮っていれば、いずれ深刻な病気につながっていく。
私の中にある欲望が、いつの間にか声をひそめていた。当然だ。ただ見た目や見栄の問題ではなく、このままでは命の危険があるのだと知ってしまったのだから。
理由があれば、きっと頑張れる。ダイエットが、自分の命を救うことにもつながる。しかも痩せるとあっては、やらない理由がない。
その本は多くのダイエット本のようにやり方を教えてくれるだけではない。やるための理由も、教えてくれたのだ。
今なら、頑張れるような気がした。頑張ろう、ダイエット。私は図書館から外に出る。ひとまずは、運動からかな。太陽を見上げて、私はぐっと拳を握った。
脂肪の役割と正体
中年太りという言葉に象徴されるように、お腹が出ているのは、ちょっとかっこ悪いというイメージが世間にはあります。
お腹が、そんなに問題なのか! と思う一方で、よほどまずいことがあるのかな。そんな不安もよぎります。その通り。まずいのです。
生活習慣病だけでなく、がんが、そのお腹と関係しているとしたらどうでしょう。さらには、認知症になりやすく、その進行が早まるとしたら?
内臓脂肪は、ある種の物質を活発に分泌しています。この物質が動脈硬化を進行させ、脳梗塞を招きます。
実は、日本人の体質が抱える最大の弱点が、内臓脂肪がつきやすいことなのです。
では、どうしたらよいのか。答えは簡単、内臓脂肪がつかないようにすればよいのです。内臓脂肪は、そんなにストイックにならなくても落とすことができます。
内臓脂肪の問題と、最速で落とす方法について、しっかりした研究から得られた最新の知識をもとに、わかりやすく解説したのが本書です。
昔の日本人も内臓脂肪がつきやすい遺伝子を持っていましたが、実際に内臓脂肪がつくことはなく、生活習慣病になる人はほとんどいませんでした。
それはなぜでしょう、今の時代に生きる私たちは、内臓脂肪をどのように手なずければよいのでしょうか。
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