『「できること」が増えるより、「楽しめること」が増えるのが、いい人生』
その言葉を初めて見た時は、特になんとも感じなかった。いや、むしろ反発すら覚えていたかもしれない。
「楽しむ」なんて二の次だ。とにかくできるようにならないと、上司に怒られる。仕事に就いたばかりの当時の私は、ひたすらに必死だったのだ。
できることを増やせば、出世につながる。収入は増え、上司からの信頼も得られる。そうすれば、楽しいことなんていくらでもできるようになる。
今は我慢の時なのだ。そう信じて、私はひたすらに仕事を覚えようとしていた。上司の言葉を一言一句聞き逃さないようにして。言いなりになって。
次第に陰りを見せ始めたのは、半年ほど経った頃のことだ。私は笑顔をつくることができなくなっていた。
ガリ、と音がする。見下ろして、爪が荒れていることに気が付いた。整えていたはずなのに、どうしてだろう。そう思って初めて、私は自分が親指の爪を齧っていることに気が付いた。
胸の中には常に恐怖と焦燥が絡まっている。仕事は山のようにあった。ひとつの仕事を終わらせれば、二つの仕事が与えられる。期限は僅かばかりしかない。
上司はとっくに帰った。体調が悪いといって。帰り際の電話は、自分がしていた仕事の続きをしてほしい旨と、説教をひととおりしてから切れた。
感情はすでに動かない。その程度で動いては、ここまで続けることはできなかっただろう。奥底で絶え間なく響いている叫びを、私は淡々と黙殺した。
怒られることへの恐怖。その恐怖から逃れるために、細心の注意を払って仕事をした。しかし、気が付けばミスがある。綻びがある。どうして気がつけなかったのだろう。
上司が私に任せていった仕事ができなくて、説教をもらった。黙りこくって俯くことしかできない。
家に帰ると眩暈がした。身体は疲れていない。けれど、何かが歪んでいるような、そんな気がした。
ふと、視線を走らせる。その先にあるのは本棚だ。かつてはあまり共感できなかった本が、そこにはあった。
斎藤茂太先生の『いい言葉は、いい人生をつくる』。私の手が不意に伸びて、その本を取り出した。ページをめくる。
『「できること」が増えるより、「楽しめること」が増えるのが、いい人生』
かつて読んだ頃よりも、その言葉は、今の私の胸に沁み煎ってくるように感じた。
今の私は働き始めた頃に比べると、できることは増えた。それはたしかだ。あの頃は右も左もわからなかった。
しかし、私は果たして、「いい人生」を送っているのだろうか。私は自分の胸に自問自答する。
収入は増えない。ミスばかり繰り返しているから上司からは睨まれている。直属の上司とは馬が合わない。
できることが増えて、私は何を得ただろうか。簡単だ。新たな仕事を得た。できることが増えるごとに、新たな仕事を得て、仕事時間が増えた。
その代償に私は、心をすり減らしている。いつの間にか、笑えなくなっている自分に気が付いた。何を見ても、もう面白いとは思えない。
楽しむ。今の私は到底楽しんではいない。いつか心置きなく楽しめると思っていた。しかし、私は果たして、その時まで生きているだろうか。
これが本当に、私の望んでいた生活か。いや、違う。私は他にもやりたいことがあった。好きなことがあったはずだ。
仕事、やめようか。今まで本気で考えたこともなかったその考えが、まるで天啓を受けたかのようにふっと、心に下りてきた。
その瞬間、私は枷が解き放たれたかのように軽くなったような気がした。その発想が、決して悪い考えではない、むしろ最良の選択だと思うようになってきた。
そうだ、楽しもう。今からでも遅くはない、人生を楽しむのだ。人生は短い。つらいことをするよりも、楽しいことをしよう。良い人生にしようじゃないか。
気が付けば、私の口元には笑みが浮かんでいた。そうか、笑うと口角が上がるのか。それは、久しく忘れていた感覚だった。
言葉の力を味方にしよう
人生の成功とは何だろう。
総じて私の人生は、いつもまあまあ楽しかったし、今も毎日、楽しみがいっぱいだ。
私流にいえば、成功した人生かそうでないかを分けるのは、振り返ってみた時「楽しかった」と即答できるかどうかだと思う。
私は、生まれてこの方、いつの年代もだいたい楽しかった。あの戦争中でさえ、それなりに楽しいことを見出していた。
景気はまだまだ、よくはない。けれど、私の生きてきた時代もまた、すさまじいまでに厳しい時がしばしばあったのだ。
そんな中でも日々、起こることを楽しんでしまえる力。それこそ、人生を成功させる原動力なのではないだろうか。
そして、その力を持っていなければ、いつの時代も、生きていくのは、なかなか大変なのではないかと思っている。
人生、楽しくなくては生きる意味がない。これが、私の持論である。私流の「人生の成功」とは、どれだけ楽しく生きたか、どれだけ楽しく仕事をしたかにかかっている。
私の手帳にある気に入った言葉をご紹介しながら、人生の楽しみ上手になるコツを伝授させていただきたいと思ってまとめたのが、この本である。
気軽にページを繰っているうちに、ごく自然に、人生を思いきり楽しんでしまうコツを会得していただけると思う。
楽しく生きている人は、実人生でも成功をおさめているものなのだ。この本から、そうした生き方のヒントをつかんでいただければさいわいである。
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