恐るべき科学トリックに天才物理学者が挑む『ガリレオの苦悩』東野圭吾


 私の友達は、ちょっと変わっている。いや、ちょっとどころではないかもしれない。わかりやすく言うなら、変人だということだ。

 

 

 一見すれば、彼女は普通の女の子だった。目が大きくて、身長は少し高め。顔はカワイイ系。男子にもそこそこ人気があるっぽい。

 

 

 けれど、彼女はいわゆる「不思議ちゃん」だった。その秘密は、彼女がいつも大切そうに持ち歩いている鎖のついた小さな水晶にある。

 

 

 なにかを選ぶとき、あるいは何かを探すとき、彼女はいつも鎖を持って、水晶を垂らす。水晶を振り子みたいにするのだ。

 

 

 彼女の求める答えは、振り子が教えてくれるのだという。そして、驚くべきことに、彼女のその「占い」はよく当たった。

 

 

 でも、もちろん、いつもそんなことをしているから、彼女は教室でも浮いた存在だった。「インチキ」だとからかう人は決して少なくはなかった。

 

 

「ねえ、またあの子さ、あの例の振り子使ってたよ」

 

 

「正直キモイよね。どうせ何かトリックがあるんだよ」

 

 

 教室に入ろうとした私は、中から聞こえた声に思わずぴたりと止まった。入りづらくなって、そのまま踵を返す。

 

 

 私の陰口が言われたわけじゃない。けれど、彼女への陰口を聞くのは心苦しかった。彼女は私の友達だ。

 

 

 しかし、このままでは彼女と一緒に、私まで教室で孤立してしまう。それは恐ろしい想像だった。

 

 

 迷いのままに、図書室をうろつく。その時、ふと目についたのは、一冊の小説だった。

 

 

 東野圭吾先生の『ガリレオの苦悩』。『ガリレオシリーズ』は、あまり本を読まない私でも知っていた。いつだったか、ドラマがあったのだ。

 

 

 物理学者の湯川先生、通称『ガリレオ先生』が、科学が使われた怪事件を解決していくといったもので、福山雅治さんが湯川学を演じていたからよく覚えている。

 

 

 私がその本を読んでみることにしたのは、さっき教室の前で聞いたある言葉がひっかかっていたからだった。

 

 

 トリック。彼女のあの「占い」は、果たして本物なのだろうか、それとも偽物なのだろうか。

 

 

 もしもトリックがあったのだとすれば、彼女はみんなを騙していたことになる。私はその時、どうするのだろうか。

 

 

 その答えの出せないまま、本をぼんやりとめくっていた。すると、ひとつの話に、私は目を惹かれた。

 

 

 それは『指標す』という話だ。そこに出てきているのは、振り子を使って探し物や選択をする少女だった。彼女と同じように。私は思わず食い入るように見つめた。

 

 

 読み終わって、しかし結局、私は彼女の「占い」が本物なのかどうか、やっぱりわからなかった。

 

 

 けれど、ひとつだけ。その物語を読んでいて、心に響いた言葉がある。それは、ガリレオ先生が言った言葉だった。

 

 

『自分の良心が何を目指すのかを示す道具があるのなら、それは幸せなことだ。我々が口出しすべきことじゃない』

 

 

 ガリレオ先生は、作中の彼女の振り子について、彼なりの答えを出した。これは、彼の対応に疑問を抱く内海の問いへの返答だった。

 

 

 そうだ、きっと、それこそが答えだ。彼女のオカルトが本物か、偽物か、なんて、そんなことは本当のところ、どうでもいいのだ。

 

 

 彼女は振り子を選ぶ手段、方法のひとつとして使っているに過ぎない。本物であれ、偽物であれ、それは私たちが口出しすることじゃない。

 

 

 私は選ばなければならないのだ。そんな彼女を受け入れるかどうか。振り子を使って物事を決める彼女のその癖を、個性として認めるかどうか。

 

 

 そんな問い、振り子なんてものに頼らなくても、答えはわかりきっている。だって、私は彼女の友達なのだから。

 

 

天才物理学者の頭を悩ませる怪事件

 

 彼はダイニングチェアに座っていた。琥珀色の液体が入ったグラスを持ったまま、隣の和室に目を向けた。

 

 

 由真が横たわっていた。目を閉じたまま動かない。ぴくりとも動かない。

 

 

 全てを失ったのだ、と彼は思った、これまでにも、自分はさまざまなものを失ってきた。それでも耐えてこられたのは、最大の宝物だけは手中にあると信じてきたからだ。

 

 

 それは無論、由真のことだ。彼女がいてくれさえすれば、自分の人生はそれほど絶望的なものではないと感じることができた。

 

 

 だがついにその彼女さえも失ってしまった。これから先のことを思うと、目の前が暗くなった。

 

 

 どうしてこんなことになってしまったのだろう、と思った。自分は本来、こんな人生を歩むはずではなかったのだ。

 

 

 どこかで歯車が狂ったのだ。どこでだ。わかっている、と思った。いつどこで自分の道が歪められたのかは、はっきりとしている。

 

 

 正面の壁に、週刊誌のコピーが押しピンで留められている。見出しは、『回帰事件解決の裏に天才科学者の存在』となっている。

 

 

 その学者についてはT大学のY准教授としか書かれていないが、彼にはどこの誰かはわかっていた。

 

 

 彼は机の上に置いてあったカッターナイフを手に取った。その刃を数センチ出すと、週刊誌のコピーを斜めに切り裂いた。

 

 

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