昨今、テレビにはやたらと評論家が顔を出している。脳科学やら教育やらマーケティングやら心理学やら、もはや節操なしである。
私もまたその番組を見ながら、彼らのトンデモな言論を聞いて「ホンマでっか!」と叫んでいたのであるが、そんな頃、なかなかに面白い本を発見した。
それこそ、筒井康隆先生の『俗物図鑑』である。筒井先生はSF小説界の重鎮であり、時として、あまりにも実験的な作品や世間を皮肉る作品なぞにも手を出しているのだが、その作品もなかなかに飛び抜けた作品であった。
雷門亨介は各所に贈るお歳暮の打ち合わせをしていた礼子と愛人の仲になる。しかし、社長に露見したことにより、礼子は会社を去ることとなった。
享介は仕事を失った礼子から「適切な贈答品を選ぶための本を出したいから、協力してほしい」という相談を受ける。亨介は力を貸すことを約束した。
こうして出版された本はベストセラーとなる。礼子は贈答評論家として有名になった。そして享介自身も自身の接待の経験を活かして、「接待評論家」として一躍有名人となる。
この出来事をきっかけに、亨介は二人の住んでいるアパートから名前を取って、「梁山泊プロダクション」という会社を立ち上げた。
この世には世間には言えない、あるいは役に立たない知識に精通した人たちが大勢いることに、亨介は気づいたのだ。そこで、そういった「俗物」どもを、評論家として招き入れることにしたのだ。
口臭、月経、反吐、皮膚病、痰壺、パーティといったそれぞれの分野に精通した個性豊かな評論家たちに加え、盗聴、横領、出歯亀、放火のような犯罪者たちまで、亨介は評論家として受け入れていく。
そんな彼らの敵は良識を問う世間である。梁山泊は世間から”悪役”として憎まれ、メディアはそれを煽り立てた。その熱狂によって彼らの本はさらに売れ、彼らの出演する番組の視聴率は跳ね上がっていく。
やがて、その熱狂はとうとう警察が動く事態にまで発展していった。彼らは警察を煽り立て、メディアは視聴率のために評論家たちに手を貸す。世間はお祭り騒ぎの中で、とうとう最後の戦いが始まるのである。
『俗物図鑑』とは、まったくよく言ったものだと思わず感心するばかりだ。その物語はまさしく魑魅魍魎どもの集まり、悪人どもの標本とも言うべき図鑑である。
「俗物」とは何も梁山泊の評論家たちだけのことを指すわけではない。彼らを批判する高尚な評論家連中や世間も、視聴率のことしか頭にないメディアも、その騒ぎを対岸の火事とばかりに眺めている諸君も。
その誰もが「俗物」なのである。そして、この物語のような有様は、まったくのフィクションかと問われれば、そうではないようにも感じるのが不思議なところだ。
世間は平和を憎み、”悪役”を好む。「悪」がいてこそ、自らが正義であることを公言できるからである。だからこそ、梁山泊は世間から激しく非難されつつも、社会から必要とされた存在であった。
「悪」は最後まで暴れまわり、そして正義の手によって打ち倒される。その過程で生まれた犠牲ですらも、「悪」を際立たせる小道具となる。そこには、尊厳などなく、数字だけがあるのだ。
さて、諸君らは「自分が俗物ではない」と公然と言えるだろうか。奇しくも今の世の中、俗物ではない人間なんぞ、どこを探そうがいないのである。
梁山泊プロダクション
「また今年も、ジョニー赤とジョニー黒ですか。もっと何か、変わったお歳暮にしたらどうでしょう」営業庶務の平松礼子が首を傾げてそう言った。
営業第二課長の雷門享介は、眼を細めて礼子の顔を眺めた。咳ばらいをし、享介は言った。「何か変わったお歳暮と簡単に言うが、君にその心当たりがあるのかね」
享介と礼子は第二応接室で二人きりだった。会議室が部長会議のためふさがっていたので、仕方なくこの応接室で「お歳暮会議」を始めたのである。
風巻機工のお歳暮会議は、毎年お歳暮の時期が近づくたびに、営業部と営業庶務の間で行われることになっている。営業部から出席するのはいつも雷門享介である。
「変わったお歳暮を見つけるのがなぜむずかしいか、その理由を説明しよう。まず品物を見つけるのが難しい」
「あら。それでしたらわたしがやりますわ。わたし、買い物は上手なんです」礼子は身を乗り出した。膝小僧が、跳ね上がった。
享介はしかたなく礼子にいった。「君、わたしの隣りへ席を変えてくれないか」
「あら」礼子はすぐに気が付き、慌ててスカートの裾を引っ張った。「ごめんなさい。うっかりしてましたわ」
礼子はくすくす笑いながら立ち、享介の隣りへ移った。礼子が首を享介の方へねじまげた。彼女の格好のいい鼻さきが享介の眼の下にあった。
「わたし前から課長に興味持ってましたの。課長って、とてもすてき」
「おやおや、どういうわけだろうな。君にそう言われると、僕は胸がどきどきしてきたよ」
享介はくすくす笑いながら、礼子の肩を抱いた。礼子が、頭を享介の方にゆだねた。
(お歳暮会議は中断だ。もう誰も、この応接室へはやってこないだろう)享介はそう思った。
丁度その頃、風巻機工の社長風巻扇太郎はデスクの抽斗を開け、携帯ラジオのような機会を取り出し、ダイヤルを回し始めた。
盗聴は、風巻扇太郎のひそかな楽しみだった。彼は社内のあちこちに盗聴用マイクを仕掛け、いろんな会話を社長室で盗聴していたのである。
彼はツマミを応接室に設置してあるマイクの波長に合わせた。営業第二課長、雷門享介の声が聞こえてきた。「かわいい子だ」「わたし、課長が好きよ」平松礼子の甘い声だった。
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