彼女は本物のお姫様に違いない! ようやく探し求めていた本物のお姫様を見つけた王子様は、このお姫様をお妃に迎え入れました。こうして、二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。
『えんどうまめの上にねたおひめさま』。その童話は『人魚姫』や『マッチ売りの少女』のように有名なものじゃなく、私も知ったのはつい最近のことだった。
知ったきっかけになったのは、湊かなえ先生の『豆の上で眠る』という作品を読んだことだった。その物語の中に、この童話が取り上げられていたのだ。
結衣子は、子どもの頃に読んだ『えんどうまめの上にねたおひめさま』が、忘れられないのだという。彼女はその童話を姉の万佑子に読んでもらっていた。
しかし、ある時。神社の境内で遊んでいた二人。疲れたという万佑子は、もっと遊びたかった結衣子を置いて、ひとり、家に帰った。
ところが、結衣子が家に帰ると、先に帰ったはずの万佑子がまだ帰っていないのだという。母と二人で心当たりのある場所を探したが、万佑子はいない。
誘拐事件ではないかと大騒ぎになった。しかし、警察や家族の懸命の捜索にもかかわらず、とうとう万佑子は見つからなかった。
それから二年後、身元不明の少女が見つかったのだという。父と母が一縷の希望を胸に、その少女に会いに行く。そして判明した。その少女が、万佑子だった、と。
万佑子は再び家族のもとに帰ってきた。行方不明だった二年間の記憶は思い出せないのだという。しかし、家族は娘が帰ってきたことを心から喜んでいた。
ところが、結衣子は彼女が万佑子ではないと感じていた。幼い頃から一緒にいた思い出。その食い違いが、彼女に疑念を覚えさせていた。
間違いなく、本物なのだという、帰ってきた万佑子。けれど、決して無視できない、幼い頃の万佑子との食い違い。いったい彼女は本物なのか。そもそも、本物ってなんだろうか。
読み終わった今、私は結衣子と同じ疑問を抱いていた。本物って、なんだろう。いったい私たちは何を以て本物と偽物を区別するのか。
記憶? 血の繋がり? 好き嫌い? 遺伝子? 見た目? 直感? 名前? 価値? いや、そもそも、本物と偽物って何なのだ。
『えんどうまめの上でねたおひめさま』で、王子様は嘘をついたり隠しごとをしたりするお姫様を「偽物」とし、エンドウ豆を見抜いたお姫様を「本物」とした。
けれど、実はこの話によく似た別の物語がある。
ベッドで寝たお姫様は、実は猫に教えてもらっていたのだ。「布団の下にエンドウ豆がある」ということを。そして、王子様の質問に合わせて嘘をつき、見事に結婚することができた。そんなお話。
つまり、「本物」のお姫様である彼女もまた、他の「偽物」のお姫様たちと同じように嘘をついている。けれど、きっと王子様は彼女を「本物」だと信じ切ったまま、共に生きていくのだろう。
「本物」のダイヤモンドと、それとまったく同じな「偽物」のダイヤモンド、価値があるのはどっちか。そんな問いを、見かけたことがある。
それらには、そもそも差があるのだろうか。私たちがやたらと気にしている本物と偽物。けれど、そんなものは気にするほどのものでもないのかもしれない。本物も偽物も、どちらも同じ、望まれてこの世に存在しているのだから。
帰ってきた姉は、本物?
大学生になって二度目の夏。新神戸駅から新幹線こだまに乗って三豊駅まで向かう約二時間、いつも思い出す童話がある。
故郷が近づくにつれて、その童話は、ピースの継ぎ目からジワリジワリと染み出してくる。記憶の濃淡は時間や現在の環境によって決まるわけではない。
こんなエピソードを聞いたことがある。昔の貧乏な画家は新しいカンバスを買う余裕がなく、絵が描かれているものを塗りつぶし、その上から新しい絵を描いていた。
人間の記憶もそのカンバスのように、重ね書きの繰り返しではないだろうか。日常が何年分も重ね書きされようと、ほんのわずかな亀裂や隙間から、色濃く残っている部分が漏れ出てくるのは、何ら不思議なことではない。
むかし、あるくにの王子さまがおよめさんをさがしていました。でも、王子さまのおよめさんにふさわしいおひめさまは、なかなかいません。
アンデルセン童話の『えんどうまめの上にねたおひめさま』だ。読んでいるのは二歳年上の姉、万佑子ちゃんだ。子どもにしては少し低めの優しい声は、当時の私たち姉妹の姿を浮かび上がらせていく。
どのおひめさまも、じぶんをよくみせようとして、うそをついたり、かくしごとをしたりしました。そこで、王子さまは、ほんとうのおひめさまをさがすため、せかいじゅうをたびしてまわりました。
それでも、ほんとうのおひめさまはみつからなかったので、がっかりして、おしろへかえってきました。
初めて読んでもらったときは、なんだかよくわからないな、という感想だった。万佑子ちゃんはそれにも同意してくれた。内容としてはそれほど難しい話ではない。
王子様は「本当のお姫様」と結婚したいと思っている。世界中を探し回るが、なかなか見つけることができない。
ある嵐の夜、ひとりの少女がお城にやってくる。少女は自分をお姫様だという。お后さまは少女が「本当のお姫様」であるか、確かめることにした。
その方法とは、少女のベッドの上に一粒のエンドウ豆を置き、その上に羽根布団を何枚も敷くというものだ。少女はその上に一晩眠る。世日下、お后さまは少女に、よく眠れましたか、と訊ねる。
すると、少女は、布団の下に何か硬いものがあったのでよく眠れませんでした、と答えた。それを聞いたお后さまは、そんなに感じやすいのは「本当のお姫様」である証拠だと確信し、王子様とお姫様はめでたく結婚する。
『えんどうまめの上にねたおひめさま』だけを思い出すのは、当時は理解できなかったお姫様の気持ちを、痛感させられる出来事が起きたからだ。豆の上に眠るような感覚。
あるあらしのよるのことです。
『えんどうまめの上にねたおひめさま』を私の頭の中に残し、万佑子ちゃんは行方不明になった。
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