けえる、けえるよ……ほうら、けえたら、死ぬぞ……けえる、けえる……ひひ、ひひひ……そんなに震えたら、けえるぞ……けえ、た……。
「パプリカ」や「remon」など、ヒット曲を次々と出している米津玄師さんが、最近、新たに「死神」という曲を出していた。もともと、私は米津さんの曲が好きだったのだが、この曲には瞬く間に魅了されたのだ。
それにしても、どうしてMVが落語の舞台みたいな感じなんだろう。そんなことを疑問に思っていたのだけれど、どうやら、この曲は落語の演目をモチーフにしてつくられているという。
その演目は、曲名そのままに「死神」。古典落語のひとつで、怪談として有名な噺であるらしい。私は興味を持って、その演目を見てみることにした。
経済的な苦境から生きることを諦めようとしていた冴えない男が、死神と出会う。彼は、死神からとある秘密を教えてもらうのだ。
病人の頭か足元に、必ず死神がいる。頭ならばその病人は寿命で、助からない。しかし、足元にいた時、呪文を唱えれば、死神を追い払うことができる。死神がいなくなると、病人はたちまち完治する。
男はこのことを活かして医者になった。有名になり、次々と仕事が舞い込む。しかしある時、男は大金に目がくらみ、ズルをしてしまうのだ。病人の向きを変えることで、頭にいた死神を、足元にした。
しかし、そのことが原因で、男は自らの寿命を減らしてしまった。彼の寿命を示す蠟燭は、今にも消えてしまいそうだ。死神に囁かれ、男は継ぎ火をしようとするも、あえなく火は消えてしまう。
私が見たのは、六代目三遊亭圓生さんの落語である。思わず、目が離せなくなった。ただの噺であるのに、まるで目の前にその情景が映るかのような臨場感がある。
今まで、落語家のイメージと言えば、「笑点」くらいのものだった。彼らの大喜利は、とてもおもしろい。しかし、それはあくまでも、彼らの本職ではないのだ。本格的な落語を見たのは初めてのことだ。
まさに名人芸である。次第に私は、落語そのものを知りたいと思い始めていた。そこで、図書館で探してきたのが、相羽秋夫先生の『落語入門』である。
落語の用語や、上方落語と東京落語の違い、豆知識など、落語に関する基本的なことから知ると楽しいことまで、事細かに綴られている。
最後の章には、何人かの落語家の名前と写真が載っていた。中には、テレビでも何度も見かけたこともある、見知った落語家の顔もあった。
バラエティ番組でよく目にする笑福亭鶴瓶さんや、「笑点」でおなじみの三遊亭小遊三さん、お亡くなりになった桂歌丸さんなどの、若かりし頃の写真まで解説とともに見ることができる。
この本には載っていないが、思えば、芸人の世界のナベアツさんや、山崎方正さんなど、すでに人気の高いお笑い芸人の中にも、落語家に弟子入りする人たちがいる。
思い出したのは、太宰治先生の『人間失格』であった。人間社会に馴染めない葉蔵は、道化を演じるための訓練として、落語を聞いていたのである。
漫才やコントと違い、話術だけで笑いや恐怖などの感情を生み出す落語。それは、ただの日本の伝統的な演芸に留まらない。
それは、あらゆる笑い、あらゆる話の、根幹にあるような芸能のように思うのだ。私はまだ、そこに足を踏み入れたばかり。
落語の初歩
これまでに、おびただしい数の落語に関係した本が出版されています。過去のことに関しては、もう先人たちの筆で、余すところなく記録されたといっていいでしょう。
あえて、その中へもう一冊の本を出すとしたら、現在を伝えるしかないのではないか、と考えて筆を進めました。
この本は、これまで比較的落語に興味のなかった人たちや、興味はあったが、あまりそういう関係の本を読んだことのない人たちへの、入門書の体裁を採っています。
どこから読んでいただいても、ご理解いただけるように書いたつもりですが、最初からページをめくっていくと、落語のしくみから始まって、歴史、囃の種類、落語家修行、そして現在活躍中の人気者、の順序でおわかりいただけるようになっています。
演芸は、聴き手が、なにも難しい勉強をして知識を得なければ判らない、というものではありません。だが、ごく初歩的なことを知っていれば、ずいぶんと違った楽しみ方ができるのも、また演芸の良さなのです。
落語、講談、浪曲を総称して「話芸」と呼んでいます。これに対し、奇術、曲芸を「体技」といいます。そして、漫才は、「話芸」と「体技」を併せ持つ演芸ということができます。
ところが、漫才は、師匠から芸を継承し得ない芸ですので、落語のように「伝統芸」になりません。
落語は、伝統的な要素が多いだけに、どうしてもそれに縛られて、時代の動きに遅れがちなところがあります。しかし、そうした制約を何とか克服して、新鮮な芸を作り出していかないと「古典芸」になってしまうのです。
そういった視点からも、これまでの落語を総点検して、新しい落語を創り出していくことが大切になってきます。この本が、そうした改革を志す人たちの礎になれば、望外の喜びです。
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