魑魅魍魎共の正体『遠巷説百物語』京極夏彦


エェ――それでは皆々様、集まりまして……そろそろ、始めましょうかいな……百物語を、ヒヒヒヒ……皆々、わかっておろうな……話し終わって、蝋燭を消す……それが百本……何が起こっても、逃げては、いけませんえ……。

 

まず、一つ目、それではあたしから、いかせていただきます……エェ、コホン、これはあたしが巷で耳にした話でございますけれど……。

 

エェ――時に、皆々様は「御譚調掛」なる御上の役職がありますことを、ご存知でしょうか。殿さまの密偵であるとか、名ばかりの役職であるとか、色々と噂の絶えぬ処ではありますが、実在しているのでございます。

 

とはいえ、このお役に任ぜられておるのは、ただひとり……宇夫方祥五郎と申す方である、とか……。彼の人が何者かと申しますと、城勤めを放免された、ということしかわかりませんで……。

 

では、この「御譚調掛」というのが実際のところ、どのような役職であったかと言いますと、どうやら、私どもと何ら変わらぬ、似たようなことをしていたようで……。

 

つまりですな、こう、各地の怪談、奇譚を集めまして、それを御上の耳に聞かせる、といったような、エェ、ことをしていたようなのでございます……。

 

ホウレ例えば、目、鼻がなく、けれどのっぺらぼうにはあらず……口だけがあってニタァっと歯黒を見せつけて笑う「お歯黒べったり」であるとか……。

 

あるいは、人を呑むほどに巨大な怪魚、「磯撫で」であるとか……口から火を吐く大きな鶏の怪物、「波山」であるとか……。

 

妖怪、化生、魑魅魍魎……。マア、いわゆる、そういった怪談話を集めておるのが、ホレ、その宇夫方というお侍様だそうで……。

 

しかし、このような百物語をわたくしから皆々様を集めまして、開催させていただいている身からしてみれば、なんとも言いづらいことなのでございますけれども……。

 

そのような怪異や魑魅魍魎が、実際にいるわけ、ないでしょう。それらはあくまでも噂、創作話に過ぎぬのです。しかし、火のないところに煙は立たぬ、噂があるからには、そこには何かしらの実があるもの。

 

魑魅魍魎の裏には、必ず人間がいるのです……。人間の、欲望や、逃れられぬ業、それは時として、人の世の理すらも超えるもの……。

 

大衆はそれを「怪異」と呼んだのでございます。幽霊の、正体見たり、枯れ尾花、とも言いませぬけれども、真実はいつだって、人の世の為せるもの。

 

真実を隠すための詭弁が怪談となり、その得体の知れぬ恐怖がアヤカシとなり、その偽りの話を広めることこそが、百物語の所以なのでございます……。

 

実はこの男、流浪の身でありながら、ある筋ではそれなりに名の知れた方ではありまして……京極夏彦という御仁の書いた『遠巷説百物語』という書が市に出回っておりました……。

 

と、マア、何事にも隠されたものがある、というお話……。蝋燭をひとつ、吹き消させてもらいますね、フッ。ホラ、消えた……。

 

さて、それではこの偽物だらけの茶番劇を続けていきましょうや。今宵耳にするお話の、いくつが真実なのやら……百本目の蝋燭が消えた時、「本物」が現れるのでしょうかねェ、ヒヒヒヒ……。

 

 

幽霊の正体見たり

 

昔、あったずもな。ある処に、長者殿が居たったずもな。その息子ぁ独り身で、嫁っこ探してらったずもな。

 

その時分、釜石さ行ぐのに越える笛吹峠づう峠の下辺りに貧乏な百姓家が一軒あって、それはそれは美すう双子の姉妹まりぁ暮らしておったずもな。

 

姉っこのほうは悋気深えわがままな娘で、妹のほうは正直者のよく稼ぐ娘であったと。二人とも、年頃さなって、益々美すな娘っこになったずもな。

 

長者の息子ぁ釜石さ用足すに出掛けた時、この妹のほうぁ見初めてすまったずもな。なんとかすでぇと思って、息子ぁあの手この手で云い寄ってみだと。そのうぢ、妹娘もその気になっで、その秋に祝言挙げることが決まったずもな。

 

とごろが、田圃の稲穂が垂れる前に、娘っこぁ居ねぐなってしまったんだど。前前がら娘っこに惚れておった、松崎の天狗森に住まう天狗殿に攫われてしまったずもな。

 

息子ぁ嘆き悲しんだど。長者殿が見兼ねで、「なら嫁は姉っこでも良かべ。同じ顔だべ」と言ったずもな。息子ぁ聞いだ時は魂消たずも、慥かに同じ顔だもの構わねがど思い直しで、姉っこさ嫁に娶ったど。

 

だども、この嫁っこ、元がらわがままであったてぇば、まんつ家のこと何も為ねで、あれ欲し、これ欲し、あれ喰いでこれ喰いでと、贅沢の限りを尽したど。お蔭で長者の家、わらわらど傾いてしまっで、そしてるうづに長者殿も病みついてらったずもな。

 

そんだらば、ある時、嫁っこの顔ぁぺろっと、目も鼻もなぐなってしまったずもな。息子でえ、その顔見で、「俺が嫁っこの顔、なぐなってすまった」って慌てで、家の中、隅隅まで捜したずも、目も鼻も何処にも落ちでなかったど。

 

目っこも見えね臭いも嗅げねでぇば嫁っこも困って、氏神様に三七二十一日願掛けで、性根ぇ直す誓ったらば、そのうち顔は戻ったずもが、曲がった性根は直ったもんの、戻った顔は醜くなってっだど。

 

どんどはれ。

 

 

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