壮大な冒険の物語『ゲド戦記』ル=グウィン
「君は、『ゲド戦記』を知っているかね?」
入館ありがとうございます。ごゆるりとお寛ぎくださいまし。
「君は、『ゲド戦記』を知っているかね?」
僕は、どうしても忘れられない物語があった。思い出すのは、燃え盛る木の杭と、オレンジ色の髪。つぎはぎの顔。
「あなた、世の中の全部が気に入らないんだわ」
老人は、その一冊の本を殊更厳かに開いた。彼は知っていたからだ。その物語こそが、彼の敬愛するアーサー王の最後の一冊なのだと。
老人は一冊の本を手に取る。彼は少し悲しげな表情をした。その物語を読む時、老人の胸にはいつも、過去を思い出すような切なさが溢れるのだ。
老人はもうずっと、部屋にこもりっきりだった。本を読むのに夢中になっていたのだ。
息を吸い込むと、潮の香りが身体に染み渡るようだった。目の前に広がる海は、どこまでも青く、果てがない。
僕は思わずぞっとした。周りの彼らが僕に向ける、異常な視線に。まるで異邦人のようだ。こめかみを、一筋の汗が流れる。
今朝、私の隣りで夢を語っていた青年が、今は、地に倒れ伏したまま、ぴくりとも動かない。
こんな想い、捨てなければならない。私と彼は敵同士なのだから。いくらそう言い聞かせても、胸の鼓動は止まってくれなかった。