個人が利潤を追求すれば、あたかも神の手のごとくに、経済は成長していく。経済学者のアダム・スミスが提唱した『国富論』は当時から今に至るまで、大きな影響を与えてきた。
けれど、世の中は変わっていく。『国富論』の大事な部分は抜け落ちて、都合のいい部分だけが残って伝えられてきた。
藻谷先生が書いたのは、そんな『国富論』を意識しながらも、より現代に寄せ、さらに日本という国に焦点を当てた本である。
その名も『和の国富論』。藻谷先生は、その道に精通し、現場を知っている六人の専門家たちとの対談を果たし、その内容を本にしたのだ。
林業や漁業などの一次産業の悲惨な現状。進行していく高齢化社会における、高齢者たちの扱い。崩壊していく学級。
変化を面倒くさがり、時代に合わない従来のやり方を継続してきた結果、日本のさまざまな界隈にガタがきている。
国を動かす彼らは、現場を知らない。だからこそ、専門家の言葉を鵜呑みにし、批判を繰り返して進もうとする人たちの足を引っ張るだけ。
他の国は少しずつでも前に進んでいる中で、日本だけが、時代に逆行した行動を繰り返しているのだ。
気づいている人は気づいている。そして、何かを変えなければならないと行動し始めている。けれど、多くはまだ何も知らない人たちだ。
私自身、何も知らなかった。自分の関わらない林業や漁業がどうなっているか、なんて、よくわからなかった。
けれど、藻谷先生とその方たちとの対談は、私の多くの学びをくれた。思っていたよりも逼迫している、日本の状態を。そして、一切の危機感を持っていない、日本の指導者たち。
新年号を目前にした頃、世界的な感染症が日本で猛威を振るい始めた。その牙は、今も私たちの喉元に突きつけられている。
それは、本を書いている誰にも予想できなかった未来だろう。感染症以前のビジネス書の多くは、今も通用するかどうかわからない。
経済は停滞し、予定されていたオリンピックは実現できるかどうかもわからない。飲食店をはじめとするいくつかの企業は売り上げが大きく低迷し、店を閉じなければならない状況になっている。
ただ、この天災としか言いようのない危機にも、一転して見方を変えてみれば、ある種のチャンスではないかと思うのだ。
社会は変わり始めている。今までは停滞していた社会が、感染症という危機に直面することで変わらなければならない事態に陥っているのだ。
現代はインターネットがある。人と会って話をすることが、忌避される時代になった。
だからこそ、今までのやり方に囚われない、これからの時代に合わせた、まったく新しい方法を、私たちは考えなくてはならない。
誰も経験したことなんてない。だから、他の誰も正解を教えてはくれない。あなたは、正解を作らなければならないのだ。
本来、私たちはそうしなければならなかった。社会全体に蔓延していた怠惰が、それを妨げていたのだ。
政府を批判するニュースに同調して「そうだそうだ」と叫んだところで、あなたの毎日の給料を政府が助けてくれるわけでもないし、あなたの仕事は大丈夫だと言ってくれるわけでもない。
未来は自分自身で手に入れるものだ。神の見えざる手は、決して私たちを助けてくれはしないのだ。
経済は神の見えざる手によって調整される。けれど、アダム・スミスはそこに「同感」が必要であると説いた。
藻谷先生の『和の国富論』。対談をする彼らの答えを、数ある解答のひとつとして、私たちは自ら選び取らなければならない。
我が国の経済の現状
アダム・スミスの『国富論』の向こうを張って『和の国富論』。自己の利潤を追求する経済主体が自由競争をすることで、経済全体が成長する。『国富論』は、そうしたメカニズムが成り立ちうることを示した。
しかし時とともに、自由競争があたかも神のごとくに裁定を下して、経済成長の成果が自動的に分配されるという、一種の「信仰」だけが独り歩きするようになった。
その結果が、エネルギーは確保されているはずなのに貧富の差の拡大がやまない地球、働いて寝るだけの貧困層が増え続ける今の日本である。
この本の中で対話しているのは、六人の”現智の人”と筆者だ。彼らは、現場に生身を置いているがゆえに、市場原理と現実の相克に常に直面している。
もとよりこの本は対談集であり、アダム・スミスが同感力や自己規制と表現した諸要素の欠片を、モザイクにしたものでしかない。
だが敢えてそうした諸要素を、「和力」と概括してしまうこととする。ひとりひとりが微力を尽くし、社会全体がゆっくり前に進んでいくという社会原理が、そこから生まれる。
対談というのはさっと流し読みできるものだ。だが、頭に引っかかったところのある対談については、ぜひ繰り返し目を通されることをおすすめしたい。
『国富論』が投げかけたまま答えの出ていない問いに、我々自身が、ささやかな答えを出しつつ行動し、また行動しつつささやかな答えを出し続けるためだ。
この本が現場に立つ読者諸賢の一助になることを、願ってやまない。
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