私はこの国の王である。全ての者が私の足もとに跪いていた。何もかもが、私の思うがままだった。
欲しいものは何でも手に入った。いらないものはすぐに捨てた。そうして自分の好きなものだけを集めたのがこの王宮だ。
「最近、食事の量が減っているな。税が少ないのではないか」
私の疑問に、平伏している男が答えた。握られた拳が震えていても、彼の言葉には一片の感情すらも見えない。
「怖れながら陛下、民にはすでに生活がままならなくなるほどの重税が課されております。今年の天候不良からくる不作も重なり、これ以上税を重くするのは」
「パンがなければ菓子を食べればよいではないか。税を重くしろ。すぐにだ」
「……かしこまりました」
彼の感情に、かすかな怒りが混じる。いつだって冷静な彼が感情に揺れるのを見るのが、私の楽しみのひとつだった。私は玉座から腰を上げ、彼の平伏した頭を踏みつける。
「どうした? 何か文句があるのか」
「……いいえ」
彼は抵抗すら見せず、踏まれるがままだった。ぐりぐりと踏みにじるようにして、それでも反応を示さない彼に飽きたから、下がるように命じた。
彼は私の弟であった。兄であった私が王位を継ぐにあたり、彼はそのいざという時の代理品として、そして私の臣下として用意された。
だが、彼は幼い頃からあらゆる面において優秀であった。学業の面でも、武術の面でも。彼の周りにはいつだって人が集まっていた。
なにより我慢できないのは私を見る彼の目であった。憐憫とも、悲哀ともつかぬ、人形のような目。彼はいつだって冷静で、静謐だった。
だから、私は彼を虐げたのだ。自分よりも優れたあの男が、私の足もとにかしずいているという事実が、大いに私を満足させた。
彼の大切なものはすべて奪い、踏みにじった。前王への忠義も、国民への愛も、臣下との信頼も。
人は私を暴君と呼ぶ。私の前に跪く臣下は、誰もが身体を震わせている。怒りに、恐怖に。私の機嫌を損なえば、文字通りに首が飛ぶことを知っているからだ。
それでよい。私は民に慕われる王にはなれない。私は臣下に愛される王にはなれない。私は父のような王にはなれない。そんなことは、幼い頃から知っていたのだ。
ならば、私は恐怖によってこの国を支配しよう。それこそが、私の掲げる私の統治だ。
暴君の末路
遠くから剣戟の音が聞こえる。悲鳴、歓声、叫び、慟哭。最初はほんの小さかったその声は、今ではすぐ近くにまで迫っていた。
普段ならば大勢の人がいる玉座の間だが、今では玉座に座る私ひとりしかいない。
近衛の騎士は大臣の命で戦いに行っている。しかし、その大臣たちも劣勢と見るや即座に逃げ出した。
王国に巻き起こった大規模な反乱の戦火。それは次第に勢いを増して、とうとう王宮にまで至った。
今や、この部屋のすぐそばにまで辿り着いているのだろう。私の支配の最後が、近づいてきているのがわかった。
そして、それは私自身の最期の足音でもあった。まあ、それもよい。何もかもがどうでもよかった。
ふと、首筋に冷たく硬いものが触れる。視線だけを送れば、弟がかつてないほどの冷たい視線で、私の首筋に剣を添えていた。
「降伏してください、兄上」
反乱の火はかねてからあった。しかし、薪をくべねば、それが大きく燃え上がることはない。そのためには、金も地位もある者が力を貸す必要があった。
何のことはない、この反乱の糸を裏で引いていたのはこの弟だということである。私は嘲るように笑って、彼の言葉に答えた。
「降伏だと? 貴様、それよりも、私に剣を向けるということがどういうことか、わかっているだろうな。貴様は処刑だ。もういらない」
私の言葉に応える者は、もう誰もいない。そんなことは知っている。だが、王である私ならば、降伏なんぞありえない。いつだって上に立つのが王なのだから。
弟は憐憫と悲哀の入り混じった表情で私を見つめた。私の大嫌いな表情だった。その顔を見ないよう、私は目を閉じる。
弟は良き王になるだろう。民にも寄り添うことができ、正しいことを貫けることができる男だということを、私は幼い頃から知っていた。
なにせ、弟は、暴君として怖れられ、それに足ることをし続けてきた私すらも、愛することができるのだから。
だが、同時に良き王が良き統治をすることができるとは限らないということも、私は知っていた。
正しいことだけではできないこともある。間違ったことをしないと、どうにもならないことだってあるのだ。
私が弟よりも優れている点があるとするなら、その一点だったろう。私はそれを知っていたが、彼はそれを知らなかった。
『善』がひとつの道であるならば、『悪』もまた、ひとつの道であるということだ。私は自ら『悪』の道を選んだ。
良き王であるということは、良き人間であることの放棄だ。指導者として優れていればいるほど、人間としては破綻している。
私は人として生きたかった。王ではなく人として。弟への嫉妬も、民への嫌悪も、臣下への不信も、私自身の欲望も、『悪』として隠すことなくさらけ出した。
私の名は歴史において比類なき暴君として名を馳せるだろう。おとぎ話ならば、悪い王様、といったところか。
それでもよい。それでもよいのだ。人らしく生きることで『悪』と呼ばれるのならば、私は『悪』の方がよい。
国なんぞはどうでもよかったが、憎い憎い弟がいったいどんな国を築いていくのか、それを見れないことだけが残念だった。
足音が聞こえる。反乱軍の足音が。私の隣りに立つ弟の剣が暗闇の中で煌めいた。弟の泣くような呟きを最後に、私の意識は暗転した。
あくのむすめの物語
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そして逆らう人たちを、次々に処刑してしまいました。あまりのひどさに、王女さまは「悪の娘」と呼ばれるようになりました。
人々はお金も食べ物もなくなり、とても困ってしまいました。そのとき、赤い鎧をまとった女剣士が現れ、「悪の娘」に戦いを挑んだのです。
激しい戦いの末、ついに女剣士は「悪の娘」を捕まえました。「悪の娘」は人々の前で処刑されることになりました。人々はみな喜びました。
だけど、誰よりも笑っていたのは、処刑台にいた「悪の娘」でした。彼女は最後にこう言いました。
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